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少しだけ




 ゼリーを買って帰ると、椿はソファの上に移動していた。

 ぐったりしてるのは変わらず。肩と頬を背もたれに寄りかからせている。体育座りというよりは、胎児のような体勢に見えた。

 着替えはすんでいる。髪は濡れていた。

 ゆっくりと、瞼が開かれる。目を開けているのも億劫そうだ。

「………おかえり、なさい」
「………ただいま。風呂、入ったんだな」

 そっと、視線をそらされる。

「………軽く、汗、流しただけ。休んだら、少し、動けるように、なったから」

 動けるようには見えない。

「出たら、また、気分悪くなった、けど」

 前も、良くなりかけてから余計に具合が悪くなっていた。少し回復すると油断して、無理して悪化させてるのだろうか。

「さっきの、送ってきてくれた奴」
「………?」
「無理はするなだと」

 数度瞬いた椿は、微かに笑みを浮かべた。何となく、その表情から視線をはずす。

「………ゼリー、どうする?」
「食べ、たい」

 おや?

「けど、今、は、ちょっと、無理」
「なら、一旦しまっとくな」
「ん………ありが、とう」

 もう限界だったのか、瞼が閉じてしまった。ゆっくりと、長く息を吐いている。

 てっきり、ゼリーは外出させるための口実だったのかと思った。その隙にシャワーを浴びてしまおうという。その魂胆が全くなかったわけではないだろうが、ちゃんと食べたくはあったのか。

「早目に、ベッドに移動しとけよ」
「ん?………んー」

 もうほとんど眠りかけている。まぁ、後でまた運べばいいかと台所に足を向けた。

「………シキ」
「ん?」

 声をかけられ、足を止める。振り向くと椿は薄く目を開けていた。

「悪いんだけど、こんなんだから、ちょっと、今日は、夕飯の準備、無理そう」

 呆れの息を吐く。

「今日はもう休めつったろ」
「………ん」

 それでもってここにいたのか。

「………シキ」
「………ん?」
「………………もう少し、ここで休んで、いい?」

 それは、まだベッドに行かず、ソファで休んでいていいかというものなのだろうか。じっと見つめてくるその眼差しのせいで、"ここ"にいていいか問うているようで。

「好きなだけ、いていい」

 そう伝えると、椿はそっと口角をあげ、そして瞼を閉じた。

 寝息が聞こえてようやく、いつの間にかつめていた息を吐き出す。ぐっと手を握りしめ、今度こそ台所に向かった。

 ゼリーをしまって、何か軽く、適当に腹に入れて。そう考えつつも、食事の支度より前に、足はリビングに戻る。

 椿は、ソファで寝ている。風呂上がりのまま、何も被らずに。好きなだけいていいと言ってしまったため、ベッドに移動させるわけにはいかない。ただ、布団をかけてやらねばそれこそ本当に風邪を引いてしまう。

 布団をかけて、そして、

 ………少しだけ。そう思いながら、椅子を一脚ひっぱってきた。

 どうせ、何か軽く腹にいれるだけなら、時間はかからない。ならば先に、少しだけ。

 少しだけと、そう思ってスケッチブックを開いたはずが、一息ついて何気なく時計を見たら明け方近かった。

 やってしまった。

 もう、飯は諦めよう。軽く汗流して、弁当箱洗って。元々、徹夜してしまおうかとは考えていた。だから、問題はない。

 どうせなら、雑務を先に終わらせて、じっくりと描けば良かった。今さら考えても、遅いが。

 椿は深い眠りについている。僅に眉間に皺が寄っているので、夢見が悪いのかもしれない。それでも、目を覚ます気配はない。

 少し休んだらベッドに戻るつもりだったのか。最初からソファで一晩過ごすつもりだったのか。寝たくないからベッドに行くのを嫌がったわけではなさそうだが。

 寄りかかっているとはいえ座ったまま、こんな明るいところで寝ても疲れるだけなのではないだろうか。いや、明るいのはオレが起きたままで電気を消してないせいか。

 ひとまず電気を消す。

 一眠りしてしまうか、このまま起きていようか。とりあえず、シャワーを浴びてから決めよう。

 抱きしめたいと思った。抱き上げて運びはした。けれど、こんな形では望んでいなかった。朝になれば、多少の気まずさは見せつつも、いつものように食事の支度をしているだろうか。そうであればいい。

 ………そういや、今日はハンドクリームを塗っていない。





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