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遭遇




 特に強いこだわりはないので、シキとサイズ違いの弁当箱を購入した。会計の段階になって、これじゃお揃いじゃないかと気づく。今更別のに変えたら、意識してしまったのが丸わかりだ。平静を装って会計を済ませた。

 夕飯も、外でとった。食事中に、ここまでが今日の予定だったのだと教えてくれた。

 結局、何が目的だったのかは教えられていない。ただ、オレが楽しめたならいいのだと、そう言う。

「……オレが賭けに勝ったみたいだ」

 今日、何度か思ったことが、口からこぼれ落ちた。

 シキはただ楽しそうに笑う。

 何か、ズルいな。オレの気持ちを知ってるくせに、こんなに喜ばせてどうするのだろう。ますます想いが強くなるだけなのに。それとももう、気持ちにケリがついてるとでも思っているのだろうか。

 すでに日は暮れている。街灯も建物の明かりもたくさんあるから、暗くはない。明日は平日だというのに、この時間でも駅前の人通りは多い。

 ここら辺はサエさん達の行動範囲内だから、遭遇してしまわないか心配だ。できれば誰にも見つかりたくない。見つかったところで、声をかけてくる人などたかがしれているけど。

 ただ、目撃されたら後で何か言われそうだ。

 そっと隣を見る。盗み見るつもりだったのに、目があってしまった。優しく微笑まれる。何だかくすぐったい。

 今日は、本当に少し浮かれている。だからだろう。手を、のばしたいと思ってしまったのは。

 手を、のばしそうになってしまったのは。

「……四季崎か?」
「……っ」

 動きかけた手を、グッと握りしめる。触れてしまわずにすんでホッとし、同時に少し残念に感じた。

「あぁ、やっぱりそうか。久しぶりだな」

 小さく息を吐いて気持ちを切り替え、声のした方に視線を向けた。

 男の人。シキとは年が離れているように見える。何故か挑発するような笑みを浮かべていた。どういう知り合いなんだろう。シキの様子を見ようとしたら、シキはすぐに歩みを再開させた。慌てて追いかける。

「おい。久しぶりに会った恩師に対して、その態度か?」

 シキが歩みを止める。いまいましげなため息が聞こえた。

「……どうも」

 すっと、オレを隠すようにシキは動いた。

「相変わらず、年長者への礼儀がなってないな」
「急いでるんで、もういいすか?」
「何かやましいことでもあるのか?それに、そっちの子は未成年だろ。こんな時間に連れ回してどういうつもりだ」

 恩師ということは、先生なのだろう。シキの様子を見る限り、恩師とは思っていないようだけれど。その先生は見定めるような視線をこちらに向けてきた。

「……高校生か?もう遅いのだから、早く帰りなさい。親御さんも心配してるだろ。こいつに付き合っていると、ろくな人間になれない」

 親は、心配なんかしない。

「あんたには、関係ない」
「元教え子が悪さ教えようとしてるんだ。それを止めるのも教師の仕事だろ」

 なぁ?とこちらに同意を求めてきた。

 ちらりとシキを見上げて、一つ呼吸をしてから口を開く。

「……えぇっと、夜遊びではなくて。遅くなってしまったので、それで今、家まで……」
「ん?」

 途中で言葉を切って、シキに視線を向ける。シキとオレとを見比べた先生は、やがてそういうことかと息を吐いた。

「送ってく途中だったのか。なら、まぁ、仕方ないか。あまり感心はしないが」

 苦々しげな表情になる先生。とりあえず、これで話は切り上げられるだろうとホッとする。

「そういうことなら、早く行きなさい。寄り道せず、まっすぐ送るように。四季崎。よそのお宅に迷惑かけるんじゃないぞ」
「……わかってる……ます」

 言葉少なに、シキは早足で去る。軽く会釈してから、その後を追った。

 何となしに振り返ると、先生は睨むようにしてこちら、シキをじっと見ている。その様子が妙に気にかかる。

 前に人形展でシキの自称友人に遭遇したことがある。シキは名前をちゃんと覚えてもいなかったし、扱いもぞんざいだった。それでも心安さはあったので、それなりに仲はよいのだろうと思えた。

 でも、今回は。この先生からは敵意のようなものを感じた。シキも、なるべく口をききたくないみたいで。何か、ちょっと、

 シキは無言で歩いている。その歩調は早い。少しでも早く、あの先生から離れたいのだろうか。

 軽く、駆け足で追いかける。歩幅が違うから、早足のシキについてくのは大変だ。今まで違いを意識せずにいられたのは、シキがあわせてくれてたからかと、ふと思った。

 住宅地に入ると、途端、薄い膜にでも覆われたように喧騒が小さくなる。そうして、大通りの灯りが遠くなった頃、ようやくシキは歩調を緩めた。ゆっくりと、息を吐き出す。

「……椿」
「ん?」
「ありがとう」
「えっ?何が?」

 足を止め、シキがこちらを向く。

「さっき。かばってくれただろ。こんな時間まで連れ回してたのは、まぁ、事実だしな。助かった」
「いや……オレが、早く帰りたかっただけだし」

 シキが、弱々しく微笑む。

 あぁ、嫌だな。

 やっぱり、そう思ってしまう。そんな表情、してほしくない。嫌な想いなんて、してほしくないのに。胸が潰れそうだ。

 あの人は、何なんだろう。訊いたら教えてくれるだろうか。そんなことを考えていたら、不意にシキの手が動いた。まっすぐに、のびてくる。トクリと、心臓がはねる。

 身動きできずにその手の行方を見つめる。けれど宙で止まり、ぐっと拳を握った。そうして、下ろされてしまう。

「……帰るか」
「……ん」

 何事もなかったように、シキが歩き始める。その後ろ姿を見つめる。まだ、鼓動が早い。髪を一筋摘まみ、そっと息をつく。

 どうして、触れてくれないんだろう。

 そんな風に思うこと自体、間違っているのに。





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