お喋り
「今の季節なら、サツキや薔薇か。温室もある。そっちも行くか?」
「うん」
「なら、一通り回るか」
ゆっくりと、話しながら歩く。
「……そこも残ってるな」
「本当だ。ちょいちょいあるね」
もうほとんど花は残っていない。けれどそのおかげで、ここら辺を歩いている人もほとんどいなかった。
風がそよぐ。葉の揺れる音。とても静かだ。
「あ。あそこにも落ちてる」
「ふっ」
「ん?」
「いや。本当、好きだよな。だからあだ名が椿なのか?」
「あー……」
どうしようか、少しだけ悩む。
「……もう定着したし、白状するけど」
「ん?」
「オレのこと、最初に椿って呼んだのはシキだよ」
「……は?」
思った通りの反応が得られて、気分が良くなる。
「自分で名乗ってたじゃねぇか」
「うん。寝ぼけててよく覚えてないんだよね。でも、夢現にツバキの絵、シキの描いたやつ、を見た覚えはあって。多分、そこら辺が原因だと思う」
ちらりと隣を見る。当時のことを思い出そうとしているようで、シキは真剣な表情をしていた。
「いや。けど、一度も訂正しなかったよな?」
「…………だって」
シキを視界から追い出す。少し前方の地面を見つめた。
「その勘違いは、ちょっと嬉しかったから」
そっとシキの様子を盗み見ると、不可解そうにしていた。視線を戻す。
「ツバキの花は、オレにとって憧れだから。その名で呼ばれるのを、訂正する気になれなかった」
「……憧れ」
「うん」
白い部屋の中、会えるのが楽しみになっていった。会う度に、その花が目に入った。やがて、その花にも興味を持った。実物を見たいと思った。
公園や道端で目にしたことはあるはず。けれど意識していなかったので、覚えてなどない。きちんと見てみたくて、だから、
…………でも、
縁起なんて、気にする必要なかったのに。
「……椿」
「ん?」
ぼんやりと、木々を眺めながら答える。しばらく待っても続く言葉はなく、どうしたのかとシキを見る。
「……シキ?」
シキは何かを言いあぐねていた。もう少し待ってみると、やがて諦めるようなため息を吐いた。
「……そういや、特に好きなのとかあるのか?」
「ん?」
「ツバキ……の種類。色々あるだろ?」
「特には……深く考えたことなかった」
本当は、何を言おうとしていたんだろう。
「あぁ、でも、やっぱあれかなぁ」
「ん?」
「えっと……多分、ツバキって聞いて一番思い浮かびやすいやつ。赤くて花びらに厚みのある」
「ああ」
「いろんな小物とか、絵とか、結構それのことが多いから見慣れてるし」
「そうか」
元々、そういった小物の類から興味を持ったわけだし。
チラリとシキを見る。優しく微笑んでいた。
「…………シキは?」
「ん?」
「結構、植物の絵を描いてるけど、特に好きだったり描きやすいのある?」
「あー……あまり、意識したことねぇな」
「ふふっ」
考えるように、シキは宙を睨む。
「あぁ、けど、あれだな」
「ん?」
「最近はツバキの花がよく目に付く。……お前の影響で」
「そう、なんだ」
「ああ」
思いがけないセリフを、ひどく優しい眼差しでもって言うから言葉に詰まった。何だか胸がさわさわする。
誤魔化すように、歩調を早めた。
「……ガキん頃」
「ん?うん」
「外で描いたのをばぁさんに見せると、名前とか色々説明してくれてな」
「へぇ」
当時を思い出しているのか、シキの眼差しは懐かしそうだ。
「判別つかないようなやつは、いくつか候補をあげて描き分ける、見分けるポイントを教えられた。候補すらあげられないようなやつには、まぁ、何もコメントもらえなかったが」
「絵の先生だったんだね」
「ああ。だから自然と、植物を描くことが多くなったかもな。他にも生き物、大体虫か鳥か、とか雲とか」
「蜘蛛?」
「雲。空に浮かんでる方。まぁ、虫の蜘蛛つか、蜘蛛の巣もあったが」
「そっか。……ちなみに、その当時の絵って残ってたりする?」
チラリとシキに視線を向け、期待を込めて訊いてみる。
「捨てた覚えはねぇから探せばあると思うが、下手くそだから見せたくねぇ」
「……そっか」
やっぱりそうだよな。
少しぐらいなら、志渡さんが保管してたりしないだろうか。まぁ、してたとしても、シキが嫌がってるから勝手に見せてもらったりできないけど。
いつの間にかぐるっとまわり終えていたようで、橋の所に戻っていた。
「こっち?」
「ああ。お前はガキん頃、よくサエと遊んでたんだっけか?」
「うん。……まぁ、今もまだガキだけど」
シキが意外そうな顔をする。
「さっき言ったこと、根に持ってんのか?」
「根に持ってなんかないよ」
言って、それこそ子供みたいにわざとツンとそっぽを向く。可笑しそうにシキが笑った。
今日はオレも少しテンションが高くなってるみたいだ。チラリとシキを見て、そっと笑みを浮かべた。
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