目的地
連れて行かれた先は、植物公園だった。家を出る時間が速まったせいで、着いたのは開園時間のちょっと前。
「……少し、歩くか」
開園まではあと少しだけれど、ただ突っ立って待っているよりはとシキが提案する。特に拒否する理由などないので、そうだねと応じる。
横の細い道に入っていく。適当にふらふら散策するのかと思ったけれど、シキの足は目的地があるようにしっかりしている。
「ここ、来たことあるの?」
「ん?ああ。前に何度か」
そっか。
「来たことあるか?」
「ううん」
「そうか」
お墓の間の坂道を上る。しばらく行くと雑木林のような所に出た。右手には古い小屋がある。シキが左手を示した。
「そこも入り口だ」
見ると、看板や案内板のようなものがあった。
「向こうには寺があって、あっちには蕎麦屋や店がある」
「蕎麦屋?」
「ああ。何軒も」
「へぇ」
シキは、店があるという方に足を向けた。舗装された道を下っていく。少しすると道が拓けて、店が軒を連ねていた。
ぽつりぽつりと話ながら歩いていく。やがて車道に出た。ぐるっと回って雑木林のような所に戻った時には、開園時間を過ぎていた。
「ほら」
「ん?」
「見頃の花の説明」
案内板の前で足を止める。今が見頃の花の写真や、園内のどこで見られるかが記された地図があった。
絵を描くわけではないと、シキは言っていた。けれど植物公園だとか寺だとか、先ほど歩いていた道も水路があったり趣のある店が並んでたりで、何故描かないのかが不思議だ。何度か来たことあるというのも、絵を描きにだろうに。
「……何か、見たいのでもあるの?」
あったとして、描かずに満足するとは思えないのだけれど。
「……?」
返事がない。
見ると隣には誰もおらず、シキはすでに券売所にいた。そうだ。チケットを買わないと。
券売所に並ぼうとするも、戻ってきたシキにチケットを差し出され足を止める。
「ありがとう」
受け取り、それから財布を出そうとする。シキに止められた。
「いい」
「え?」
「ほら、行くぞ」
さっさと園内に向かってしまう。慌てて追いかけた。
「シキ、お金」
「いいから」
「でも……」
シキが足を止める。振り返った表情は、楽しそうだった。
「今日」
「え?」
「一日、よこせつったよな」
「……うん」
「なら、オレの好きにさせろよ」
ことの経緯を思えば、むしろオレがシキの分も払うべきなのに。何で奢ろうとするのだろう。本当に、何がしたいのかわからない。でも、
「……わかった」
そう答えると、シキは笑みを深めた。その表情に見とれてしまう。
疑問は何一つ解決していない。けれど、そんな風に笑うなら、いいやって思ってしまう。シキがそれで満足なら、理由とか目的とか、もういいや。
「じゃ、行くか」
「ん」
こくりと、どうにか頷く。シキが背を向ける。数度頭を軽く振り、一つ息を吐く。そうしてから、後を追った。
少しすると橋にさしかかった。下は川ではなく歩道。多分、あっちは園外だ。短い橋の先には少しの階段。階段の先には真っ直ぐにのびた広い道と、脇に入る細い道。
階段を下りたところでシキが足を止めた。隣に並ぶ。軽く周囲を見回してから、シキはこちらを見た。のでじっと見つめ返す。しばしの考えるような間の後、ふいと脇道へと足を進めた。後に続く。
歩道でないところには木が植わっている。その多くは低木で、花は咲いてないけどもしかしてこれって。
やがて、シキが小さく安堵の声を上げた。
「椿。ほら」
示された方を見ると、赤と白の斑の花が一つ二つ咲いていた。根元には茶色く変色した花が幾つか落ちている。
「……ツバキ?」
「ああ。時期がずれたからもう無理かとも思ったが」
ぼんやりとその花を見つめる。
「ここらはツバキやサザンカのエリアになってる。……でも、やっぱもっと早くに来りゃ良かったな」
「……何か」
花を見つめたまま、ぽつりと呟く。
「その言い方だと」
「ん?」
「オレに見せるために来たみたい」
返事は、ない。
チラリと盗み見る。シキはじっと花を見つめていた。優しくて、でもどこか寂しそうな眼差しで。
「……さっき」
「ん?」
シキが、口を開く。
「一年間皆勤だったらとか言ってたが」
「あぁ、うん」
ゆっくりと、シキがこちらを向く。笑みと共に。その表情に、一瞬息をのむ。
「進級できたら、また来るか?今度は見頃の時に」
「っ、うん!」
思わず、勢いよく答える。
反応があまりに子供じみていたせいだろう。シキは可笑しそうに笑った。
「クククッ……そんな、喜ぶ、ほどのっ」
「……だって……てか、そんな笑わなくても」
「悪い。クククッ」
やがてゆっくり息を吐き、呼吸を整えた。目はまだ笑っていれけれど。
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