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お出かけ




「行くぞ」

 そう言ったシキは、何だか楽しそうだった。

 詳しくは後でと言っていたけれど、教えてもらえたのは家を出る時間だけだった。その時間だって、二人とも支度が早く済んで手持ち無沙汰になってしまったので早まった。

 サエさんからもヤエからも、何も連絡はなかった。どうやら今回は関係ないようだ。

 桜子ちゃんも月都も、何も言っていなかった。こちらも関係ないようだ。

 そうなると、もしや他に人がいないのではと。一日付き合えの一日は、丸々二人きりなのではと期待してしまう。それでもってなかなか寝付けなかったし、早く目が覚めた。まるで遠足前の小学生だ。

 丸一日、二十四時間以上外に連れ出されたことはある。あの時も目的は告げられなかった。そして一時別行動を取ったとはいえ、基本的にずっと二人で過ごした。

 今回は、早いとはいえ朝といえる時間帯だ。だから、前のように志渡さんを避けてと言うわけではないだろう。それに、シキの誕生日でもなければ、何かイベントごとのある日でもない。ただの休日なのだから。

 ならば、先日のヤエと似た感じだろうか。何か用があるけれど、一人でする、もしくは行く気になれず誰か他に人がいてほしいとか。でもなぁ。そんな雰囲気ではないんだよな。

 隣のシキを、ちらりと盗み見る。

 どことなく、緊張のようなものは感じる。シキも、いつもより早く起きたみたいだし。でも、それ以上に楽しそうというか嬉しそうというか。楽しそうなのは、良いことなのだけれど。

 今のところわかっているのは、一日一緒に過ごせるようだということだけ。それだけだと、むしろご褒美だ。罰ゲームのはずなのに。

 あまり、罰ゲームと考えなくても良いのだろうか。賭けの話が出た時、また絵のモデルをとなるのかと思った。それだって、特に罰ゲームっぽくはない。今回のこれも、何か特別に目的があるわけでなく、単に一日出かけるのに付き合うだけなのだろうか。

 でも、この話を言い出すシキは、少し緊張してるみたいだった。その、どことなく真剣な様子に、何の話だろうとこちらも緊張したのをよく覚えている。それを思うと、特別に理由なり何なりある気もしてくる。

 考えれば考えるほど、わからなくなる。

 流れに身を任せよう。

 悪いことにはならないはずだ。気がかりが、ないわけではないけれど。

 そっと、周囲の気配を探る。家を出る時間が早かったからか、あの視線はなさそうだ。ならば大丈夫だろう。

 今日出かけるという話は、外で一度も口にしていない。それだけでなく、オレだって目的地を知らないのだ。待ち伏せされている心配もない。

 先日の旅行の際も大丈夫だった。学校で、旅行するという話はしたけれど、旅先まで視線はついてこなかった。だから今回もと、そう思ったのに。

「……椿?」
「ん?」

 ついため息を吐いてしまったら、シキに気づかれた。

「疲れてたか?」
「……寝付きが悪かったから少し眠いけど、特に疲れてはないよ」
「そうか?」

 視線のせいで気疲れしているかもしれないけれど、シキには気づかれていないはず。どうして疲れてると思ったのだろうかと、わずかに首を傾ける。

「毎日学校行ってるだろ。慣れない学校生活で疲れがたまってるんじゃねぇか?」
「あー……」

 納得しかけて、はたと気づく。

「いや、待って。オレ、高校生。毎日学校行くのは当たり前。普通のことだから」
「でも慣れねぇだろ。学校」

 反論しようと口を開き数秒。何も言わずに閉じた。ふいと視線を逸らす。

 くつくつと笑うのが聞こえる。

「今のところ、無遅刻無欠席か?」
「……ん。どうにか」
「偉い偉い」
「馬鹿にしてる」
「褒めてる」
「じゃあ……」

 言いかけて、慌てて口を閉じる。

「ん?」
「何、でも、ない」

 馬鹿なことを口走りそうになった。

 チラリと隣を見ると、シキは不思議そうな眼差しを向けてきていた。

「何か言いかけただろ」
「大したことじゃないから」
「大したことじゃないならいいじゃねぇか」
「いや、本当、くだらないことだから」
「気になるだろ」

 食い下がられるとは思わなかった。何か、珍しい。ひょっとして、少しテンション高くなっているんじゃなかろうか。

「子供じみた、ことだから」
「……まだ、ガキだろ」

 じとりと不服の眼差しを向けるも、どこ吹く風。ほら、早くと促されてしまう。確かに、シキからしたらオレなんてまだ子供だけれど。

 とても、顔を見てなんて言えず、そらして口を開く。

「…………褒めてるって言うなら、ご褒美くれないかなって思っただけ。……一年皆勤だったら」
「…………」

 反応を窺うと、わずかに目を見開いてこちらを見ていた。本当に子供じみたことで驚いているのだろう。恥ずかしい。

 きっと、さっきご褒美みたいだとか考えてたから、そんな言葉が出てきてしまったのだろう。

「……忘れて」
「……何か、欲しいものかして欲しいことあんのか?」
「ないよ。何となく思っちゃっただけだから」
「そうか?まぁ、どのみち無理だしな」
「そんなことない」
「そんなことあるだろ」
「……じゃあ、賭けてみる?」
「賭けにならねぇよ」

 ここにいる理由を思い出し、悪戯心で訊ねてみる。あっさりと拒否された。

 どうせ無理と言われたようなもので、少しむっとする。けれど、シキはひどく優しい笑みを浮かべていた。

「そんな賭けしたら、無理してでも学校行くだろ?梅雨時は調子悪くなるくせに」
「なんっ」
「結構、負けず嫌いだよな」
「そんなこと……てか、何で調子悪くなるって」
「ん?前に言ってたじゃねぇか」

 そう、だっただろうか。よく覚えていない。

 シキは何てことない顔をしている。その横顔をじっと見つめる。無理をしないよう、気遣ってくれた。

 不意に、手をのばしたくなった。俯いて、その衝動をやり過ごす。そっと、笑みを浮かべた。

 気がかりがないわけではなかった。ほぼほぼ大丈夫だとは思っていた。けれど、駅に近づいた頃からまたあの視線を感じるようになった。

 煩わしさはある。でも周囲に害はない。シキも、気づいていない。なら、気にする必要はない。

 せっかくのお出かけなのだ。どこに何しに行くのかわかっていないけど、些末なことに気を取られていてはもったいない。





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