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弁当




 朝、台所で作業していたら、シキに不思議そうにされた。

「……何やってんだ?」

 シキを見上げる。手元に視線を戻す。タッパーに、食べ物を詰めている。

 結局、昼休みは姿を眩ますことができたけれど、放課後につかまってしまった。そうして、色々と問いつめられた。

 もしや何か事情があるのではと気遣ってくれたが、まぁ、そんなものはない。端的に言ってしまえば面倒だっただけだ。少しぐらいの空腹など、大したことではない。

 呆れられた。

 食の大切さを説かれた。

 周りからは懇々と叱られているように見えたことだろう。

 朝と夜はきちんと食べている。一食抜いたぐらいで大差ないと言えば、大差あると返された。体力がない。肉を付けたいならちゃんと食え。ただでさえ、成長期なんだからと。

 一方的な意見を押しつけてくるわけではなく、こちらの話を聞いた上で正論をぶつけてくるのだから質が悪い。煙に巻こうにも誤魔化されてはくれなかった。

 厄介で、そしていい人なのだと思う。

「……弁当か?」
「……うん」
「…………弁当?」

 シキは、心底不思議そうにしている。

 今まで一度も弁当の用意などしていなかったのだから当然だ。しかも、弁当と言えるほどきちんとしたものでもない。

 一緒にお昼を食べることで、話は決着した。

 だから食べるものが必要になる。

 弁当箱を向こうの家に取りに行こうかとは思ったけれど、何で今更という話になりそうだからよした。わざわざ買いに行くのは面倒で、それで適当なタッパーに詰めている。

「……作ってたか?」
「いや、まあ、ちょっと」

 言葉を濁す。

 事情を話したら、シキにも呆れられてしまいそうだ。

 ちらりと隣を見る。シキはとても興味深そうにタッパーを見つめている。簡単どころかとても料理とは呼べない代物なので、そんなにじっと見られるといたたまれない。

 せめてもう少し手を加えるか、彩りよくしておけば良かった。

「……弁当」
「……うん」
「……オレの分は?」
「えっ?」

 驚いて、まじまじとシキを見つめる。シキも、こちらを見た。

「いる?」

 シキが考える素振りを見せる。

「……いや、いい」

 少し、悩みながらの返答。

 特に必要ないけど、何となく訊いてみたってだけならいい。中身がこの程度ならいらないと思われたなら、後悔しかない。どっちだろうか。

 どのみち、シキにも用意するなら、これと全く同じにはできないけど。

「弁当箱、ねぇしな」
「……そうだね」

 弁当箱があったら、いると言ってたのだろうか。

「タッパーなんだな」
「弁当箱、ないから」
「そうか」
「向こうに取りに行くのも手間で。……ただ、箸はないと不便だから、どうしようか少し考えてる」

 箸があれば、あるものを適当に詰めるだけで済む。ないから、手や楊枝で食べられるものという制限がついてしまって、考えるのが少々面倒だ。

 毎日同じでも良いのだけど、長く続ければ何か言われてしまいそうだし。

「あぁ、それで握り飯なのか」
「うん」
「中身は?」
「……何も」
「塩むすびか?」
「…………ううん」

 じっとタッパーを見つめる。

 隣から、痛いほど視線を感じる。

「……箸がないから、手で食べられるよう握っただけか」
「……うん」
「それと、楊枝で事足りる漬け物」
「……うん」
「……だけ」
「…………」

 何だかいたたまれない。

「……やっぱ、朝用意するのは大変なのか?」
「いや、多分それほどでは。単純に、何かお腹に入ればそれでいいやと思ってしまっているだけで」
「そうか」

 箸さえあれば、夕飯を残らせて詰めるだけができる。ご飯も、わざわざ握る手間がなくなる。今、目の前にあるやつより手をかけてないのに、そっちの方が見栄えが良い。

 やっぱり、箸はどうにかした方が良さそうだ。

「まぁ、朝晩でバランス取ってんだろうが……飽きねぇか?」
「いや。毎日全く同じって訳じゃないし」
「そうか?」

 笑みを含んだ声。そうしてしまおうかとは、確かに思っていたけれど。

 ただ、今のところ、毎日同じものを用意しているわけじゃないってのは事実だ。何せ、今日が初めてなのだから同じにしようがない。

 嘘は、言っていない。

 まぁ、いい。そういってシキは、とっくにできあがっていたコーヒーをカップに入れた。そしてリビングに戻る。

「ちゃんと昼飯、食ってたんだな」

 もののついでというように、一言残して。

 ちゃんと食べてはいなかった。

 気づかれていたとか気にされていたとかいう感じではなかった。昼食を、抜いていてもおかしくないと思われたようだ。事実、食べてはいなかったわけだけれど。

 この誤解はそのままそっとしておこう。

 それにしても、とタッパーを見つめる。

 せっかく、バレないようこっそり済ませてしまおうと思っていたのに。





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