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ブラックリスト




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 焼き餅をやいていい立場じゃないのは重々承知している。それでも嫌だなだとか面白くないだとか思ってしまうのは止められない。

 連休中に描いた絵を見せてもらった。

 シキはおそらく……ほぼ確実に悟さんの所にいた。描かれた絵のほとんどが室内や窓からの風景だったけれど、どう見てもシキの部屋ではない。悟さんの部屋だった。多分、泊まってもいる。

 だからといって、何か言ったり思ったりできる立場なんかじゃないのに。なのに嫌な感情が顔を出した。

 見たいって言ったのは自分なのに。せっかく見せてくれたのに。それで気分が沈むなんて勝手だ。でも、沈んだ気持ちを引き上げてくれたのは、やっぱりシキだった。

「五十嵐先生って何かあるのか?」

 いきなり耳に飛び込んできた名前に、思考を止める。隣を歩く戸市君を、まじまじと見つめてしまった。

「ん?」
「……何かって?」

 教室移動の授業が終わり、戻る途中。別のことを考えていたけれど、話はきちんと聞いていた。そういやとの突然の話題転換に、質問の意図がよくわからなかった。

「こないださ、やたら一城のこと訊かれたんだよ。仲良いのかだとか、どんな様子かだとか」

 そう、とだけ返す。何となしに、自分の腕をさすった。戸市君は楽しそうに笑っている。

「だから、あの先生にも目を付けられてるのかなって」
「目をって」
「問題児として」
「んー……」

 多分、そうではないと思う。けれどどう答えたものか。

 どうも、音無先生のせいで、戸市君の中でオレは問題児として定着してしまっているようだ。まぁ、否定するほどのことでもないけど。

「……五十嵐先生は、前に担任だったことがあるから」
「へぇ?」
「それで、気にしてるんじゃないかな。あまり、話したことはないけど」
「そうか。前の担任にも気にかけられているのか」

 実際は違うのだろうけれど。

 ただ、このことに関してはあまり話したくないし考えたくもない。曖昧な表情を浮かべて誤魔化す。手首や首筋に触れたくなった。

―――付き合え

 他のことを考えたくて、シキの言葉を思い出す。

 何でも一つ、言うことをきくと約束していた。絵のモデル以外で、いったい何を頼まれるのだろう。出かけるのだとだけ言われて、詳しい説明はまだ何もない。だから何もわからない。

 説明がないのは今に始まった事じゃない。やっぱりかとは思った。ただ、何をすればいいかわからないから、心の準備ができない。

 まぁ、当日になればわかるのだろうけど。

「あー、腹減った」
「もう?朝ご飯は?」
「食ったけどさぁ」

 丸一日シキと一緒にいられる。それは嬉しい。他の人がいるのか二人きりなのかはまだわからない。行き先がわかれば、ある程度目的がわかるのだけど。

 どこに行くんだろう。何をするのだろう。

「早く昼休みなんないかな」
「気が早いなぁ」
「だってさぁ」

 焼き餅を焼いていい立場じゃないのはわかっている。それでも嫌な感情は湧いてくる。でも、付き合えと、その言葉で気持ちは晴れた。今も、思い出しただけで簡単に浮上した。

 話の流れで、その言葉がどういう意味で発せられたかちゃんとわかっている。ただこの言葉だけだと、別の意味に取ることもできてしまうわけで。だからこそ、耳から離れない。

「育ち盛りなんだから、すぐ腹減るんだって」
「育ち盛り。まぁ、確かに」
「そりゃ、一城は……あれ?」
「ん?」

 どうかしたのだろうかと、隣を見る。戸市君は不思議そうにこちらを見た。

「そういや、勝手に小食なイメージでいたけど、一城が飯食ってるとこ見た覚えないな」
「あ」
「昼休み、すぐ姿消すし。いつもどこで食ってるんだ?」

 素朴な疑問に、ふいっと顔をそらす。

「一城?」
「次、国語だよね」
「は?」
「宿題出てたけど、ちゃんとやってきた?」
「急にどうし……あっ」

 気づかれた。歩調を早める。

「待て。まさか……」

 肩に手をのばされる。すっと横に避ける。チラッと盗み見ると、戸市君は信じられないというように顔をひきつらせていた。

「…………何で逃げる」
「…………逃げてない」
「なら話をそらすな。いつもどこで飯を食っている」
「そんなことより、ほら、早く次の授業の支度しないと」
「…………ありえない」

 そんな顔をされでも。

「んなことしてるから、そんなひょろっこいんだろ」
「いや、これでも前に比べると大分肉付いたから」
「それでか?」

 哀れみの眼差しを向けられてしまった。

「そういや、体力、ないよな。握力も弱かったし。そうか。それでだったのか」
「いや、これだけが原因ってわけでも……てか、ほら、廊下で騒いでたら迷惑だから。早く教室戻ろう」
「まだ終わってない。とにかく、とにかく詳しく話を」
「次の授業始まるから」
「……昼、逃げんなよ」
「………………」

 幸い、席はドアのすぐ横なのだ。授業が終わったら、すぐに廊下に出られる。明確な返事はせずに、歩みを再開させた。

 戸市君はまだ何か言いたそうにしていたけれど、話は終わりだ。

「……だからブラックリストなのか」

 背後で、ボソリと呟くのが聞こえた。

 ……まだ暫定なのに。





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