次の休み
あ、という声が聞こえ、手を止める。隣を見ると、椿がスケッチブックから顔を上げていた。
「連休中に描いたやつ、見たい」
「それなら、それだ」
言って、椿の手からスケッチブックを取る。そして数枚めくって再度渡した。
「ありがとう」
微笑む椿に、笑みで返す。
再び鉛筆を動かそうとし、けれど何となしに椿を眺める。そうして、時間を確認した。
「……風呂、準備できてるんだよな?」
「ん?うん」
「なら、先入っちまっていいか?」
「それはもちろんだけど」
不思議そうな椿に笑みだけを残し、着替えを取りに行く。
少し、考えていることがある。
考えていると言うほど、はっきりとしているわけではない。漠然と、思っているという程度のこと。けれど、こびりついたように離れない。思いはどんどん強くなっている。
どう、しようか。
何度か同じようなことをしている。だから問題ないと、わかってはいる。ただ、目的が変わってしまったせいで、躊躇いが生じてしまった。告げなければ、わかるはずないのだが。
どうするか。なんて、心はとっくに決まっている。単に、行動に移せないだけだ。一度、じっくり考えてみよう。悪くなることなど、そうそうないのだから。
ゆっくりと、息を吐き出す。
大丈夫。そう、言い聞かせて風呂から出た。
リビングに戻ると、椿がはじかれたようにこちらを見た。驚いたようなその反応に、僅かに眉をひそめる。気づいた椿は、曖昧な笑みを浮かべた。
「驚かせたか?」
尋ねつつ、隣に座る。
「勝手にびっくりしただけだから。ちょっと、ぼんやりしてて」
「……そうか」
ちらりと隣を見る。声をかけようと、息を吸う。
「オレももう入ろうかな」
「……ああ」
先に話しかけられ、言葉を飲み込んだ。
じゃあと、椿はさっさと支度をすませてしまう。パタンとドアが閉じるのを見届け、ソファの背に体重を預ける。長く、息を吐き出した。
タイミングが悪い。
戻ってきたら。そしたら言おう。後回しにしてしまったら、そのままずるずると告げられなくなりそうだ。
そう、思う内に、風呂上がりの椿にハンドクリームを塗るところまできてしまった。これを塗り終えたら、きっと椿は眠ってしまう。明日になればそれこそ、言うタイミングを失ってしまいそうだ。
ハンドクリームを塗り終えた。手はつかんだまま離さない。そっと椿を見る。椿の視線は手元に。唇を、湿らせた。
「…………椿」
「ん?」
椿がこちらを見る。視線が合う。
「賭け。覚えてるか?」
「あぁ……うん」
椿の表情がほんの僅かに引きつる。悔しそうにしていたし、あまり思い出したくなかったのだろう。思わず小さく笑ってしまい、肩の力が抜けた。椿は不服そうな眼差しを向けてきたが。
「何でも一つつったよな?」
「うん。決まったの?」
「ああ」
じっと、椿を見つめる。握る手の力が僅かに強まる。
「次の休み、よこせ」
「…………ん?」
「用事、ないだろ?」
「……え?うん。……うん?」
頭にクエスチョンマークを浮かべ、椿が首を傾げる。その様子が可笑しくて、くつくつと笑う。
「丸一日、付き合え」
告げれば、そういうことかと納得を見せる。そしてふいっと視線をそらされた。
「椿?」
「……わかった、けど、具体的には?やっぱりまた絵の?」
「いいや」
椿が不思議そうな眼差しを向けてくる。
「出かける」
「……どこに?」
それには答えず、ただ笑みを浮かべる。椿は、少しだけ困ったような、それでいてやっぱりと言いたげな表情をした。
「……まぁ、大したことじゃねぇよ。ただ、一日付き合えば、それでいい」
「そう言われても」
疑問の眼差しから逃げるように、手に視線を落とす。
行けばわかる。とは言えない。きっと椿からしてみれば、何が目的だったのかわからず終わる。
目的なんて、はっきり言ってしまっている。二人きりで、どこかに出かけたいだけなのだ。そんなことを望んでるなんて椿は思いもしていないから、何か他に目的があるのだと思っている。
親指でそっと、手を撫でる。ピクリと動いた。
「朝、少し早く出る。詳しくは後で伝える」
「……ん。わかった」
沈黙が訪れる。少し迷って、口を開いた。
「……そろそろ、寝るか?」
「……うん」
手を離す。椿が小さく息を吐いた。俯いているので、表情はわからない。
「……寝坊しねぇよう、早く寝ないとな」
「……っ」
椿が不服そうにじとりと軽く睨んでくる。それを軽く笑い、寝室へと促した。
手にはまだ、温もりが残っている。
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