お土産話
「……これ」
食後、椿に手渡されたのは数枚の写真だった。写されているのは、植物や空や町並みなど。隣に腰かけた椿に疑問の眼差しを向けると、躊躇いがちに口を開いた。
「……お土産に話をって言ってたから、せっかくだし、こういうのあったほうがわかりやすいかなって」
そういうことかと納得し、写真に視線を戻す。
「……天気、良かったんだな」
「うん。散歩日和で気持ち良かったよ。こっちはどうだった?」
「天気は良かったが……風が強すぎて外に出なかったな。一日中籠もって適当に描いてた」
「あ、見たい」
僅かに顔を輝かせた椿に、軽く笑いかける。
「後でな。先にこっちだろ?」
言って写真を動かせば、そうだったとそちらに意識を向けた。
「て言っても、こういうの見かけたよってだけなんだけど」
「………雲もか?」
「何かその形、良いなって」
「こっちは……生け垣か」
「それ、本当はここらに綺麗な蜘蛛の巣があって。難しいかなって思ったんだけど、やっぱり写ってなかった」
言いつつ、椿は身を寄せて写真を指す。近くなった温もりに、思わず椿に視線が向かう。
「ここに葉っぱがくっついてるんだけど……」
わかる?と椿がこちらを向く。さっと写真に意識を戻した。
「……確かに、浮いてるな」
「うん」
次の写真は、
「あぁ、すごいな」
「でしょ?」
どことなく嬉しげな椿の声に、小さく笑みを浮かべる。
写っていたのは、一本の木だった。大人二三人で腕をのばした程の太さの幹。枝振りも立派で、青々と繁っている。
「周りに高い建物がないから、すごく目立ってた。見応えあったよ」
一枚ずつ、写真を見ながら話をきいていく。始めの内は何をどう話せばいいかわからないといった様子だった。だが、段々と色々話してくれるようになった。写真にないことも含めて。
枚数自体は少なかったが、椿の声をたくさん聞くことができた。
「……何か、ただふらふら歩いてただけだけど、後でシキに話すって考えたら普段気にしないようなとこにも目がいって、面白かった」
土産話をと言ったのは、こういう一時を過ごせるのではという期待と、単純にどんな様子だったのか知りたいという思いからだった。けれど、旅先でも椿の心を少しでも占めることができていたのなら。
帰ってから話すことを、一所懸命考えてくれてたなら。
ただ、そうなると欲が出てくるわけで。
「……お前が写ってるのは、ないんだな」
「……まぁ、撮ってるのがオレだし」
だよな。
元々、写真など予想していなかった。けれどこうして手元にあると、つい、椿が写ったものもと思ってしまった。
まぁ、以前見た時、写真写りは良くなかったし、苦手なようだから仕方ねぇか。それに。
写真を眺める。
幾つか、撮り手である椿の陰が写り込んでいる物がある。これはこれでなかなか。どうせ被写体となれば緊張からぎこちなさが生まれてしまうのだ。ならばこっちの方が自然でいい。
「……これ、くれんのか?」
「えっ?」
椿が目を見開く。
そうか。ダメなのかと諦めの息を吐き、写真に視線を落とす。
「あ、ちがくて」
椿に視線を移す。我ながら恨めしげな眼差しだと思う。
「元々、シキにとは思ってたんだけど……ただ、そんなの渡されても迷惑なだけだよなって思ってて」
だからほしいと言われて驚いたのだと、椿が微笑む。
「まぁ、この風景だとか物だとか構図は割と好きだな」
「そっか。良かった」
嬉しそうな椿に、こちらまで頬が緩む。
それに、椿が撮ったのだと思えばなおのことなのだ。口には、出さないが。
「だったらこれも、ちゃんと写るよう工夫すれば良かった」
「難しいだろ」
「そうだけどさ。無理ではない」
椿が言ったのは生け垣の、写らなかった蜘蛛の巣の写真。
今更ながらに少し悔しくなったのか、難しい顔してじっと見つめている。その姿を、しばし眺める。
「……蜘蛛の種類はわかるか?」
「ん?」
椿がこちらを向き、首を僅かに傾ける。
「どんなだったかとか」
「……わかるけど」
ならばと、スケッチブックに手をのばす。
写真の生け垣を写し、椿に色々と確認しながら鉛筆を走らせる。最初は不思議そうにしていた椿も、何をしているのか気づいたらしく、興味津々に紙を見つめている。その様子に、気分が良くなる。
「……こんな感じか?」
「……うん」
ほう、と椿が感嘆の息をもらす。それが可笑しくて、くつくつと笑う。
スケッチブックの生け垣に、蜘蛛の巣を追加した。白黒だし、想像で描いたから完全にそのものとは言えない。が、椿が撮ろうとした絵に近いはずだ。「確かに、いい感じだな」
「……うん……すごいね」
椿がしきりに感心している。しまいには、そっか、そうだよねと呟いて、何やら真剣に考え込んでしまった。
口元に笑みを乗せる。
そっとスケッチブックを差し出すと、椿は絵から目を離すことなく受け取った。これ幸いと、別のスケッチブックに手をのばし、紙をめくる。椿が熟考を終えるまで、その姿を描き続けた。
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