予想外
「……少し、見栄を張ってしまった」
対面を終えたヤエがやけに落ち込んでいたのでどうしたのかと思えば、そういうことらしい。けれど大分すっきりした様子なので、安心した。
ヤエが会っている間、オレは気の向くままに歩いていた。青空が広がり、穏やかな風が吹き、絶好の散歩日和だった。
「手紙でも薄々感じてたんだけど、話してて、何か、今、付き合ってるぽい人がいるみたいで……さっきの人がそうなのかなぁ?」
「さぁ?」
散歩中に何となく目に入ったポスターを眺めていたら、突然ヤエに声をかけられた。すぐそこの喫茶店で話をしていて、ちょうど出たところだったそうだ。
見れば、それらしき女の人の後ろ姿があった。隣には親しげな男の人。迎えにでも来ていたのだろうか。
「……何か、心配されてたみたいで……大丈夫だよ、幸せいっぱいだよってアピールしたいと思ったら、彼女がいるとこの口が勝手に」
「……ヤエでも、そういう見栄を張ることあるんだ」
「自分でもビックリした」
「でも、まぁ良いんじゃない?性別伏せて話せばそう思われるだろうし」
「……え?」
「ん?」
何故か驚いた様子のヤエに、どうしたのかと首を傾げる。
「……特別な人で、料理苦手だからよく作りに行ってて、年末年始も一緒に過ごしたって聞かされたら、あぁ付き合ってるのかなって思わない?バレンタインにはチョコのやり取りがあったわけだし」
「あ、悟のことか」
他に誰がいると。
ヤエが誤魔化すような笑みを浮かべ、視線を逸らした。
「でも、良かったね。関係修復?できたみたいで」
「うん。……夏にね、お祭あるから良かったらって誘われた」
「良かったね」
「……た、ただの社交辞令で、本当に行ったら迷惑だったりしないかなっ?」
「何でそんな弱気なのさ」
いつもなら素直に喜んでるだろうに。
「で、どうする?早いけどもう宿に戻る?」
「ん?んー……そうしよう、かな。椿は?どっか見たいとことか行きたいとこない?」
「うん。もう色々見てまわったから」
「じゃ、戻ろっか。……話も、したいし」
「話?」
「……ほら、誤解があったらイヤだからって言ったじゃん」
「あー……」
確かに、そんなことを言っていた。
「……でも、割と今更だし、疲れただろうから後日の方がいいんじゃない?」
「オレからしたら、えっと、寝耳に水?だし。後日にしたら決心鈍りそうだし」
「決心て」
「誤解されないためとはいえ、内容が内容だから。本当は今すぐにでもって言いたいぐらいだけど、ちょっと公共の場では……」
本の内容を思い出してみる。元々の話は言うまでもなく、ここら辺は多分そうなんだろうなと思った所でも、確かに外では憚れる内容だった。外でなくても、口にしにくいことだった。
「……そんな言いにくいことなら、別に無理しなくても。あれを鵜呑みにしてるわけじゃないし」
「…………それでも、どの程度とかここはとかあるから……てか最初から一致してたわけじゃないんでしょ?」
「それは、うん」
はっきり何時頃かは覚えていないけれど、文化祭の後なのは確実だ。サエさんが時々話してたのがヤエだとわかってからだから。
「態度、全然変わらなかったから気づかなかったよ」
「それは……まぁ」
特に変える必要性感じられないし。
「……今は大分違うし。…………本当に、落ち着いたと言うか、明るくなったと言うか」
「う……」
まじまじと見つめれば、ヤエは居心地悪そうに顔を逸らした。
話を聞いたところで、何か変わるとはあまり思わない。けれど誤解があったらイヤというのもわからなくはない。幾つか気になっていた所もある。ヤエが話してくれるというならと、ありがたく拝聴することにした。
「――それで、悟の所にやっかいになるようになって……ちょうどその頃、何かシキもいたんだ。よく、様子見に来てたトメとも知り合って」
……シキ。
宿に戻ってヤエの話を聞いた。本が手元にあればここは違うよとかで事足りたのかもしれないけれど、あいにく持ち歩くようなものでもなく。だからといって、わざわざ買おうということになるわけでもなく。ヤエは順を追って話してくれた。
「少し落ち着いてからは、仕事とか住むとこの手配もしてくれて。仕事の方は、まぁ、生活のためよりも更正の意味合いが強いけど」
「……それで、悟さんが恩人になるわけか」
「うん」
ヤエがこっくりと頷く。
悟さんが全くの善意でヤエにそこまでしてくれたとは、ちょっと、思いにくい。ただ、わざわざぼかしたり省いたりしていた所もあったので、これ以上は話すつもりがないのだろう。一応すでに片が付いてることだし。
「えっと……だ、だそく?だかつ?」
「蛇足は蛇の足で余計なもの。蛇蝎は蛇と蠍。蛇蝎の如く嫌うでひどく嫌うこと」
「……蛇足だけど、サエと再会したのは大分落ち着いてからで。オレはサエの制服姿に驚いたけど、サエもオレの変わりように驚いてたよ」
「あ。そこは聞いてる。あまりの変貌ぶりで愉快だったって」
「……愉快」
呆れたようにヤエが笑った。
「オレは心臓止まるかと思ったのにー。サエのセーラー服に悟のプロポーズに……そもそも、前の知り合いに声かけられてもすっとぼけるつもりだったのに、驚きすぎてそこら辺すっ飛んじゃったし」
「でも、ほら、どんなに変わってもサエさんあまり気にしないから」
「あー……うん。そうだね。椿とは逆になるけど、特に態度変わらなかったね。何も訊かれなかったし」
べたーとテーブルにひっついたヤエを眺め、お茶を一口飲む。
これは、ヤエに言わない方がいいのだろうなと思うことが一つ。誤解があったらイヤだからと、ヤエは色々話してくれた。それは、本に書かれてるほどのことはしてないよという意味合いが強い。ただ、あの本を鵜呑みにはしていなかったわけで、何というか……
ヤエが話してくれた内容の方が、想像していたよりもちょっとアレだった。
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