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緊張緩和




「……大丈夫?」
「…………大、丈、夫」

 全くそうは見えない。

 予想していたことだけれど、ヤエの当日の緊張は半端なかった。逃げないようにとは言われたけど、逃げようとする気配はない。その代わり、見てて心配になるぐらいの緊張具合だ。

 本人は平静を装っているつもりなのだろう。けれど動きはぎこちないし顔は強ばっているし、何より周りが見えなくなっている。本当に大丈夫だろうか。

「…………ヤエ」
「…………」
「ヤエ。通り過ぎる。駅、ここ」
「……え?……あ、うん」

 ホームに入ると、ちょうど電車が出発したところだった。

「……ごめん」
「……まぁ、次のでも間に合うし。時間あるし、座って待とうか」

 ギリギリにはなってしまうけれど。

 初めての場所だからと、だいぶ余裕を持って宿を出た。けれど曲がる所を直進しようとしたり、壁や電柱にぶつかりかけたり、側溝に落ちそうになったり、明後日の方へ行こうとしたりと予想以上に時間がかかってしまった。

「……ヤエ。大丈夫?」
「…………」
「ヤエ」
「え?……あ、ごめん。何?」
「……ちょっと手首、触ってもいい?」

 恐る恐る差し出された手の、手首を掴む。

「…………脈、速いね」
「う……し、心臓、すごくバクバクしてて……もう、周りに聞こえるんじゃってほどうるさくて痛いってか口から飛び出しそうってか」
「とりあえず、聞こえてはいないよ」

 だからといって、安心できる感じではないけれど。

「……今日、会う相手ってどんな人か聞いても?」
「う、うん。……しょ、小学校の時に親しくしてた子で……」

 苦しいからか、つかえながらも話し始めてくれた。手首を掴んだまま、耳を傾ける。

「保健室で顔合わせるようになって……最初、詳しいから保健委員なのかと思ったら、常連で……それで、オレも通うようになって」
「……うん」

 当時を思い出しているようで、眼差しが柔らかくなった。

「その子といる時は、イライラしなくてすんで、気が楽で。保健室で一緒に勉強したりしてたんだ。大人しそうなんだけど、度胸があって」

 声が弾み始める。ガシリと手首を掴まれ、上下に振られた。

「それでさ、少し変わってて、日本の古い話……ほら、平家物語とか。そういうのよく読んでて。難しそうなの読んでるなって印象には残ってたんだけど……やっぱどんなのか気になって」
「あー」

 それで、平家物語を読みたいと言っていたのか。ヤエが照れ笑いを浮かべる。

「料理も、その子の影響なんだよね。料理好きな子で……簡単なのとか教えてもらって……でも……」
「でも?」

 声のトーンが下がり、表情が陰る。

「……オレが、小学校卒業してから、当たり前だけど、それまでみたいには会えなくなって……学校終わる頃に会いには行ってたんだけど……その内、ほら、色々と、あって……椿、そこら辺はサエから聞いてるでしょ?」
「……うん。それに」
「それに?」

 言っていいのかどうか、少し悩む。けれど、わざわざ黙っているようなことでもないし。

「……読んだ、から」
「…………」
「悟さんの。何となく、そうなんだろうなぁって」

 ヤエがこちらを凝視したまま固まった。この反応を見る限り、やっぱりそうなのだろう。

「……まんまってわけでもないんだろうけど」
「……あ……うん。そう。……そうだね。一部脚色してあって、一部マイルドになってる」
「そうなんだ」
「てか、そういや読んだってのは聞いてたけど……え?気づいてたの?」
「……何となく」

 ヤエが手を離したので、オレも倣う。ヤエは頭を抱えてしまった。

「お……思ってた以上に椿に知られてたっ」
「……ごめん」
「何か今ので色々吹っ飛んだ……まぁ、それで、こんなんが近くにいちゃダメだろと、一方的にさよならして……でも、年賀状は毎年届いてて……更正の第一歩として手紙書いたら文通がスタートして」

 そうして、今回に至るというわけらしい。

「……手紙の時も思ったけど、勝手に離れたくせに今更虫がいいよなって」
「確かに虫がいいけど、でもさよならされたのに年賀状出し続けてたってことは、向こうはさよならしたくなかったんでしょ?」
「……そう思って、いいのかな?」
「うん。それに、今更って言うなら、向こうは何で今更会いたいなのか知らないんだよね?だったら、結構不安というか緊張してるんじゃない?」
「……あまり、緊張してるの想像できない」

 そう言ってヤエは、少し吹っ切れたように小さく笑った。

「でも、そうだよね。オレの方が年上なんだし、しっかりとしないと。逃げたらダメだ」

 逃げ出す気配はないと思っていたけど、逃げたいという気持ちはしっかりとあったのか。

「………………」
「ヤエ?」
「……これから会うぞという緊張と、椿に知られてたって驚きで、今オレの中がよくわからないことになってる」
「……ごめん」
「とりあえず、誤解があったらイヤだから、後でちゃんと話したい」





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