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連休一日目




 じゃあいってきますと、椿はあっさり旅立ってしまった。

 途端、部屋が広く感じられる。おいていかれたと思いながら、閉じられたドアを眺めること暫し。一つ溜息を落とし、リビングに戻る。

 大丈夫。帰ってこないわけではない。明後日には、必ず帰ってくる。それに、電話さえかければ、何時だって声は聞けるのだ。だから大丈夫と自分に言い聞かせ、ソファの背に体重を預ける。

 チッチッチッと、時計の音が響く。どんなに探っても、人の、椿の気配はない。ぼんやりと、宙を眺める。

 どう、しようか。

 天気は憎らしいほど良いようだ。ならば少し時間をおいてから遠出してみるか。遠出といわず、あまり行かない場所でもいい。普段見慣れていない風景を存分に描けば、多少は気も晴れるだろう。

 何気なく手をのばす。けれど届く範囲にスケッチブックはなく、つい舌を打つ。

 少しと言わず、今すぐ出てしまおうか。けれどそれだと、まるで後を追うようだからしたくない。せめて、三十分位はあけときたい。

 ゆっくりと息を吐き出し、身を横たえる。あまり、やる気が起きない。どうせどこへ行っても混んでいるのだと思えばなおのこと。チラリと時計を見るが、遅々として時間は進んでいない。つまらない。手を、ギュウと握りしめた。

 横になっていたせいか、気づいたら眠ってしまっていた。思いの外時間が過ぎてしまっていて、眉をひそめる羽目に。けれどどうせ起きていても暇を持て余すだけだったので、都合はよかった。

 このまま家にいても、無為に時間が流れるだけ。やはり、どこかに出かけよう。適当に電車に乗って、知らない駅で降りでもすればいいだろう。道に迷って帰りが遅くなったところで、どうせ不都合はない。帰りを待つ人はいないのだから。

 スケッチブックと財布と携帯と……。携帯には特に着信も受信もない。連絡のある予定はないのだから当たり前だ。それに、まだ移動中だろう。今どの辺りなのか。

 考えたって仕方ない。一つ息を吐き、頭を切り替える。

 空は青く晴れ渡っていて、日差しは少し暑いくらいだった。風がひどく気持ちよい。変な時間帯のせいか、電車はすいていた。どこまで行こうか。車窓からの風景を眺める。とりあえず、終点までいってしまって、そこからさらに乗り継ぐかは、着いてから決めよう。

 どこにだって、大なり小なり公園や寺社はある。散策するだけで終わったとしても、いい気分転換にはなるだろう。

 手を、握りしめる。

 夜、もしくは夕方。無事に着いたのか確認の連絡をしてみようか。何かなんて、めったにあるわけないが。

 降りた駅の案内板を見ると、歩いていける範囲内に美術館があった。そのすぐ横には公園も。行ってみて、興味なさそうだったり混んでたりしたら公園で何か描いていればいいか。近くに川が流れているので、川辺で描いてもいい。

 地図をしっかり目に焼き付け、歩を進める。

 椿と最後に出かけたのは、マスターの家を訪ねた時か。道中はひどく短かった。帰り道、おかしな様子だったのが気にかかっている。はぐらかされて話は終わってしまったが。大したことでないからと、それが理由ならばいい。もし、関係ないと判じられたのだったら。

 確かに、関係はないかもしれない。けれど、それでも、

 目的地に辿り着く頃には、美術館を覗く気は失せていた。隣の公園は、小さな広場と雑木林。所々にベンチが設置されていたので、適当に腰かけスケッチブックを開く。

 とにかくひたすら、ただ描き続けた。何も考えたくなくて、目の前の風景を写しとっていく。木肌のざらつき。匂い立つ緑。木漏れ日。木陰にいるせいか、少しばかり肌寒かったが、気にせず手を動かしていった。

 手元が暗くなり始めた頃、まだ物足りなさはあったが暗い中描き続けることは難しいので帰途につくことにした。けれど、帰らなければと思うものの、あまり帰る気が起きない。

 帰ったところで、誰もいないのだ。帰りを待つ人は。おかえりなさいと、迎えてくれる姿は。

 帰る気が起きないと言うよりも、むしろ帰りたくないと言った方が正確かもしれない。椿の存在が余りにもあの空間に馴染みすぎていて、いないということが突きつけられる。

 どう、しようか。

 一応、家に向かってはいるものの、往生際悪く悩んでいる。いっそのこと、向こうの家に泊まりにいってしまえばよかった。どうせ今の時期なら紫帆が訪れることはないし、庭を描くに飽きることはない。今更、遅いけれど。

 悩んで結果、悟の所に行くことにした。どうせ家にはいるだろうし、忙しかったとしても、まぁ、関係ない。勝手に飯食って泊まってくだけだ。

 夕飯は、それぐらいは何か買っていこう。ついでに酒も。スーパーにでも寄って。

 夕飯。椿は何か温かくてさっぱりした物がいいと言っていた。何にするか考える時間はたっぷりある。さっぱり。薄味で、あまり油を使わないものか。何がいいだろう。調子に乗って、作りすぎないようには気をつけよう。とりあえず今は、自分の食うもんを考えないと。

 夜道は、わずかばかり蒸していた。時折吹く風が微かに涼を運んでくる。これからどんどん暑くなり、そうして夏が来る。後、二ヶ月と少しでちょうど一年。あの日は雨が降っていた。今日は晴れていて、月も細く浮かんでいる。

 もう、とっくに宿に着いているはず。知りたくないから確認しなかったが、部屋は一つなのだろう。わざわざ別室にする理由はない。ないがやっぱり面白くない。手を握りしめる。

 連絡は何もない。結局、こちらからも何もしていない。無事に着いたのかとか、今何をしているのかとか、気になることはある。たが、わざわざ連絡していいほどのことなのかどうなのか、悩む。

 最後に聞いたのは、いってきますという出かけの言葉。電話すれば、何時でも声を聞ける。だからと言って、声を聞きたいからと、それだけの理由で電話するわけにはいかない。何か、そうせざるをえないような理由がないと。

 何か、口実はないだろうか。

 帰りの時間がはっきりしたら、連絡が欲しいとそれくらいか。電話でなく、メールでこと足りてしまうが、何もないよりはマシだ。夕飯を作るといってあるから、何時頃になるか知りたがっても不自然はないはず。

 悟の家に着いてから、連絡しておくか。それにしてもと、息をこぼす。

 まだ、一日目。

 ……早く、連休終わらねえかな。





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