Sherwood Forest 黙々と歩くシキの後ろを、黙々とついていく。 外に出たのは、約一ヶ月ぶりだった。久しぶりすぎて何だか変な感じがする。家にいる間はずっとシキの服を借りたままでいたので、自分の服を着るのも久しぶりだ。こっちは何か落ち着くけど。 自転車でどれくらい走ったかは覚えていない。けど、そう遠くまで来てはいないはずだ。それでも、目に入る町並みは馴染みのないもので、物珍しい。自転車を適当に走らせたから、どういう道順できたのかもわからない。はたして帰ることはできるのだろうか。 しばらく歩くと一軒の喫茶店に辿り着いた。 『Sherwood Forest』 シャーウッドの森。 イギリスにある森の名前。けど、壁に描かれている蔦の隙間に駒鳥が見え隠れしている。児童文学に出てくる森の方を連想した。大きなガラス窓に蔦で店名が書かれている。 シキが中に入っていったので、後に続く。ドアをくぐると、ひんやりと涼しかった。いらっしゃいませという声に迎えられ、シキはまっすぐにカウンターの奥の席に座った。その隣に座る。 「久しぶりだね」 店の人が話しかけ、シキはただ笑みで答える。それから、こちらへと店の人の視線が向いた。柔らかい笑みを浮かべる。 「……はじめまして。シキ君の友達?」 「椿です」 友達ではない。けど説明が面倒なのでそのまま流した。シキはといえば我関せずという様子。説明する気はないようだ。適当なこと言ったらどんな反応をするのか、ちょっと見てみたい気がした。本人だって当事者なのだから。 「いつもの?」 シキは黙って楽しそうにうなずく。椿君は?と問われて、メニューに視線を落とした。とりあえず、コーヒーとハムサンドを頼んだ。ちょうどそこに、別のお客さんの接待をしていたウェイトレスが近づいてきた。首を傾げながらも笑みを浮かべている。肩より少し長い髪を高めの位置で結んだ、溌剌とした印象の女性。 「いらっしゃい。めずらしいね。人、連れてくるなんて」 「……椿です」 「私は六郷千里。四季崎とは高校が同じだったの」 「……もう、戻ってたんだな」 「え?うん。ちょうど昨日」 「昨日の今日でもうバイト出てんのかよ」 「それは、四季崎が行きがけに変なこと言うからっ。無理言って入れてもらったの」 話の内容が全くわからないでいると、それを察したのか六郷さんが説明してくれた。 「私、一ヶ月近く旅行に行ってたの。四季崎、戻って来た時には別のバイト入ってるとか言うから…」 「六郷さん頑張ってくれてるからね。他のコ雇ったりなんかしないよ」 「ありがとう。マスター」 「社交辞令だって」 「うるさい。四季崎」 「いいのかよ。さぼってて」 「四季崎が余計なこと言い出すからでしょ。忙しいんだからね」 そう言うと六郷さんは水の入った瓶を持って仕事に戻った。隣からはシキの楽しそうな笑い声が微かにか聞こえる。そういうことかと、合点がいった。 六郷さんが旅行から帰ってくるから嬉しそうだったのか。今日、会うためにここに来たのかと。上機嫌なシキの横顔を少しだけ眺めた。 注文したサンドイッチをゆっくり食べていると、六郷さんがまた近づいてきた。 「四季崎、これ」 「ん?」 「お土産」 「がらくたか?」 「違うわよ。はい。椿君も」 「え?」 「沢山買ってきたから、よかったらもらって」 「ありがとう?」 「ははっ、何で疑問系?」 「迷惑なんだろ?押しつけんなよ」 「もー、本当うるさいなー」 仕事に戻る後ろ姿を見送ってから、手元の小さな紙袋を見つめる。よかったのかな。初対面なのにお土産なんかもらって。何気なく隣に座るシキに視線を移した。カウンターの上に置いた紙袋を指先で撫で眺めている。ものすごく優しい眼差しで。 「…………」 何て言うか、何も言葉が浮かばなくてコーヒーに口をつけた。 食事も終わり、コーヒーを飲みながら特に会話もなく時を過ごしていた。六郷さんは休憩に入ったらしく、店内にいない。カップの中のコーヒーも残り少なく、そろそろ帰る頃合いかなと考えていた。 カランと鈴の音がして、人の少なくなった店内に二人連れの客が入ってきた。その二人連れがこちらを向き、眉をしかめる。シキの知り合いだろうかと隣を見ると、入り口を見ているシキも顔をしかめている。知り合いか。 案の定、その二人はこちらに近づいてきた。 「よう」 「…あぁ」 シキの挨拶にガタイのよい男が答えるも、怪訝そうにオレを見ている。もう一人もずっと凝視し、と言うか睨んできている。 「……こいつは?」 「椿」 ここに来てようやくシキが紹介してくれた。どう説明するのかと興味を持ったが、やはり面倒なのかそれ以上の説明はなかった。 「椿、眼鏡の方は悟。役に立たない。でかい方はトメ。頼りになる」 何なのだろうか、その紹介の仕方は。紹介された方も呆れ返っている。 「……シキの友達?」 「いや、腐れ縁だ」 「ふぅん」 「……そう言う君はシキとどんな関係なんだ?」 シキの返事を聞いて、顔をひきつらせた悟さんに訊ねられた。一度、シキと顔を見合わせる。さてどうしようか。 「……シキの弟」 「……は?」 「…………」 「…………何だ、それは」 「説明面倒だし。ダメ?」 「……………………好きにしろ」 シキの許可は得たものの、答えを聞いた二人から言葉はなかった。当たり前か。腐れ縁ということはシキの家族構成知っててもおかしくないし。冗談だってすぐわかっただろう。まぁ別にどうでも良いのだけれど。てか、本当に弟がいたらどうしよう。 「……夏休みだからシキのところに遊びに来てる」 なおも言葉を重ねてみた。 「……シキ。こいつが例の奴か?」 隣にどかっと座りこちらに体を向けたトメさんが訊ねる。シキはあぁとだけ答えた。何だ。知ってるのか。つまらない。 「なん……」 言いかけた言葉を飲み込み、トメさんが横を見上げる。そこには固まったまま、なぜかそれでも不機嫌そうな悟さんがいた。トメさんは何度かオレと悟さんを見比べ、そして立ち上がった。 「椿。ちょっと来い」 何なのだろうか。わけがわからずシキを見ると、肩をすくめられた。来いと言われてしまったし仕方がない。首を傾げながらも立ち上がり、後を追う。 店の外に出たトメさんは近くにあったベンチに腰かけた。座るよう言われたけど、首を振って断るとそれ以上は勧めてこなかった。 「……お前、まだあいつの所にいるんだな」 「うん」 簡潔な返事に顔をしかめられる。 「……まだ具合悪いのか?」 「ううん」 「なら、帰れよ」 「……やだ」 「いる理由ねぇだろ」 理由ならある。ひどく個人的な。けれどそれを言っても理解は得られないだろうし、納得もしてくれないだろう。だから建前の方を伝えることにした。全くの嘘ではないし。 「助けてもらったからその礼に食事作ってる。昔から恩返しは家事って相場が決まってるし」 「…………」 この説明じゃダメだったかな? 「押しかけは逆に迷惑だろ」 「わかってるけど……でもそれはトメさんに言われることじゃないよ。シキに出てけって言われたら、大人しく出ていく」 「…………へ?」 間の抜けた声が聞こえた。トメさんがポカンと口を開いている。変なことを言った覚えはない。道理は通っているはずだ。なのにこの反応は何なのだろうか。 「…………出てけって言われてねぇのか?」 「え?うん」 さすがにそこまで図々しくはない。首を傾げると、トメさんは視線をさ迷わせる。やがてあーとかうーとか呻き、豪快に頭をかきむしり始めた。 「だー……何だよ。嘘だろ。マジかよ。あり得ねぇだろ」 嘘ではない。首を傾げたまましばらく眺めていると、その内おさまった。 「なら、口挟むべきじゃねぇよな。悪い。今の忘れてくれ」 「……別に良いけど、もしかしてトメさん、シキより年上?」 「あ?あぁ。何でだ?」 「何か心配性のお兄さんみたいだった」 「……まぁ、あいつと同い年の弟いるしな」 「……ん?弟の友達じゃなくて、弟と同い年の友達?」 「あぁ」 「ふぅん」 少しだけ、他愛のない話をして店内に戻ったら、悟さんがシキの隣に座っていた。オレの飲んでいたコーヒーのカップを横にずらして。それを見たトメはさらにカップをずらして悟さんの隣に座る。 「…………」 まぁ、良いんだけどね。別に。挟まれるよりましだし。 しばらく、四人で雑談した。主に横で聞いているだけだったけど。 「……そういや、お前高校生ぐらいだろ?」 「うん」 「夏休みの宿題は平気なのか?」 トメが割りと真剣な顔で訊ねてきたから、何事かと思えば。そんなことか。 「うん。平気」 そもそも、何が宿題に出てるかすら知らないし。 <> [戻る] |