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予定




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 シキがぼんやりとカレンダーを眺めていた。

 ぼんやりというか、面白くなさそうな表情で。睨んでいるといっても、過言ではないだろう。どうかしたのだろうかと、ついその姿を眺めてしまう。

 やがてため息を一つ。

「……シキ?」
「……ん?」

 どうした?と、こちらを向いたシキが表情をゆるめた。

 どうしたのか。そう問いたいのはこちらなんだけどなと思いつつ、隣に移動する。カレンダーに何ら気になるところはない。

「……何見てるのかなって」
「あぁ……もう五月だなと」

 確かにもう五月ではある。

 それで何故、じっとカレンダーを見つめたあげく、ため息をつくに至るのか。しかも何か今、軽く既視感を覚えた。……まぁ、いいや。

 ついでにと、カレンダーの日付に指先を置く。

「ここら辺」
「ん?」
「少し出かけるかも」
「………」

 言って、シキを見上げる。

 顔をしかめたシキが、こちらをじっと見た。そうして、カレンダーに視線を戻す。

「ここが今日だな?」
「ん?うん」
「で、ここからここは、ヤエと旅行」
「………うん」
「で、ここらでも、出かけてしまうと」
「………かも、だけど」

 チラリと隣を見る。言い方だとかその表情だとかが、どうしてか拗ねているように感じるのだけれど。理由として思い当たるものは、そうだったらなという願望ぐらいなので、きっと気のせいだろう。

「ここ」

 シキの指がカレンダーから離れたので、代わりとばかりに再び日付に指を置く。

「忍の誕生日で」
「……………」
「メールだけ送るつもりなんだけど、そしたら電話がかかってくるかもしれない」
「……で?」
「しばらく会ってないから、そろそろ顔見せろって言ってくる気がする」
「……そうか」

 もう一度シキを見れば、やっぱりふてくされたような顔をしている。

「……まぁ、忙しければ電話すらないだろうけど」

 そこら辺、よく読めないんだよな。

 視線を前に戻し、指をおろす。

 仕事での忙しさならある程度読めるのだけど、忍の場合それ以外で忙殺されていることが多々ある。学生時代など、呼び出されたからちょっと行ってくると出かけて、一週間ほど帰らなかったことがあるくらいだ。

 さすがに働き始めてからそういったことはないようだけど、休みが休みじゃないとたまにぼやいてる。最近はどうなのだろうか。突発的なことが多いから、予めはわかりにくいけど。

「……光太ん時も向こう行ってたよな」
「ん?うん。そうだね」
「他の奴ん時も行くのか?」

 ……他。

「来月、和ちゃんの誕生日だから、どっかしらで会いに行こうかなとは思ってる」
「……そうか」

 言葉とともにため息をこぼされ、首を傾げそうになった。

「それくらいかな」

 香さんも来月誕生日で、ほぼ確実に会うことになる。けど、今話してるのは向こうの家のことだし、関係ないか。

「……シキは志渡さんにおめでとうぐらいは言うの?」
「あ?」
「誕生日」
「……誕生日?」

 まるで、そんな言葉を初めて聞いたといった様子で、シキがこちらを見た。それをじっと見つめ返す。

 シキの誕生日には押しかけてきてたらしいし、その他のイベントごとも同じだと言っていた。だから、自身の誕生日にも何らかしらのアクションがあったりするのだろうかと軽い気持ちで思ったのだけれど。顔を見に来るか、声を聞こうとするぐらいはって。

 でも、この反応は。

「……そもそも、志渡さんの誕生日、知ってる?」

 ふいっと、シキが視線を逸らした。

 あぁ、知らないんだなとわかる態度だった。ちょっと、それはあんまりなんじゃと、ため息がこぼれてしまう。

「……シキ」
「……紫帆が押しかけてきただとか、何か送りつけてきただとか、聞かされた憶えは、ある」

 けど、それが何時頃のことか憶えていないようだ。興味がなければそんなものなのだろうか。

 こうなってくると、トメや悟さんの誕生日も、憶えてるのは月だけで日付までは憶えていない可能性が。自分のだって、志渡さんが押しかけてくるから憶えてるだけであって、それがなかったら忘れてたりするのだろうか。いや、いくら何でも、それはないか。

 でも、興味なければ記憶には残らない。確かに、それはそうなんだけど。

 だとしたら、

「……そんなことより、ハンドクリーム」
「あ、うん」

 すっかり忘れてた。

 シキがソファに移動する。その後を追って、隣に座った。

 優しく、丁寧にクリームが塗られていく。その手を感じながら、その動きを見つめながら、思う。

 興味なければ記憶に残らない。だとしたら、オレの誕生日はどうなんだろうと。

 訊かれて、答えた記憶はある。ただ、話の流れで訊いただけなら、興味なくて忘れ去ってしまっている可能性も、ある。そうだったら、少し寂しい。

 欠片でもいいから、憶えていてくれればいいのに。そんなことを望むのは、贅沢だってわかってる。憶えていてくれなくたって、その日に少しでも一緒に過ごせれば充分すぎるぐらいなのに。

 もし、憶えていてくれたら。興味を持ってくれたら。そうなったら、少しは自分の誕生日を許せるだろうか。おめでとうという言葉を、素直に受け取れるようになるのだろうか。

 考えても、仕方ないことではあるけれど。





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あきゅろす。
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