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作文(一城友也)




「ぼくの家族」

 三年一組一城友也



 ぼくのお母さんは働いていて、いつもとても忙しそうです。

 朝早くに起きて、ごはんを食べて、仕事に行きます。帰ってくるのも遅くて、真っ暗になってからの時もあります。疲れていてもがんばって働いているので、お休みの日にはゆっくり休んでもらえるように気をつけています。

 お父さんはとても優しい人でした。怒ったところをあまり見たことがありません。毎日お母さんばかりが作るのはたいへんだからと、ごはんを作ってくれたこともあります。あまり上手にはできなかったけど、お母さんはうれしそうでした。それに、いい子にしていたら、頭をなでてもくれました。

 お姉ちゃんはピアノを習っています。毎日れん習をしていました。小さいときから習っていて、とても上手です。お姉ちゃんのピアノはま法みたいです。とてもふしぎで、ピアノになにかひみつかあるのかとも思いましたが、かってにさわるとおこられるので、調べられませんでした。

 お母さんもお父さんも、お姉ちゃんがピアノをひくのを聞くのが好きです。ぼくは、



――――――――――



 公園に行ったら子分がブランコに座っていた。

 ブランコに座ってるのに、こがずに何か紙、多分作文用紙を両手でしっかり持って見ている。

「トモ」
「あ、親分。こんにちは」
「うん。こんにちは。何見てんの?」
「作文」

 何となく興味を引かれて手を出せば、特に迷うそぶりもなく渡される。隣のブランコに座って、作文を読む。

 子分が軽く地面を蹴って、ゆっくりと少しだけブランコを揺らす。

「………トモ、お父さんもお姉ちゃんもいないじゃん」
「うん。でも会えないだけで、いなくなったわけじゃないから」
「ふぅん?」

 ひらひらと作文用紙を振って隣を見ると、子分は少しだけ足を揺らしていた。じっと、真っ直ぐに前を見て。ブランコはさほど揺れていない。

「これ、書き途中だけどいつまで?」
「今日」
「………出さなかったの?」
「出せなかった」

 ふぅんと、作文用紙に視線を戻す。

「居残りとかして書くように言われなかったんだ?」
「うん。書けなかったって先生に言ったら、しかたないねって。少し困ったみたいだったけど」

 怒られもせず、ちゃんと出すようにも言われずそれで終わりになったのなら、その先生は子分の家のことを知っているか何となく気づいているのだろう。それで特に何もしないのかとも思うけど、よけいな口や手を出されても迷惑なだけ。何より子分はそれを望んでいない。

 そこまでわかっていてなのか、ただのことなかれなのか。どっちなんだろうと、少しだけ気になった。

「じゃあ、これもういらない?」
「……?うん」

 返せばきっと、きれいにたたんで足下のランドセルにしまってしまう。それがわかっているから、返すつもりはない。

 ビリビラと、紙をまっぷたつに破く。それを重ねて、また半分に。ビリビリ。ビリビリ。何度も何度も細かくなるまで破いて千切って。そうして最後に、両手でそれを投げ捨てる。

 ハラハラと、紙吹雪がまう。

「………ゴミはゴミ箱に」
「ヘーキ。紙だから、そのうち土に還る」

 そうなの?ときょとんと見上げてくる子分に、そうそうと軽く返す。

 ブランコの上に立つ。ガチャリと鎖が鳴った。

「オレも、前に家族について書かされそうになった」
「‘書かされた’んじゃなくて‘書かされそうになった’?」
「書かなかったから」

 忘れただの書けないだの粘って。何度も居残りさせられて怒られてそれでも書かないで。最終的に先生の方が諦めた。

 子分と全然違う扱いだけど、それは先生のタイプが違うからだけでもない。

 おとなしくて、基本的に大人の言うことをきちんと聞いて、自分からは問題を起こさない‘イイ子’の子分。対してオレは、ケンカするし言うこと聞かないししょっちゅう問題を起こす‘ワルイ子’だ。それは扱いも変わるだろう。

 ひざを曲げてのばして、ブランコをこぐ。

 もし、子分が同じ学校で、こうやって一緒にいるところを見られたら、いじめてるんじゃないかと思われそうだ。まぁ、今の先生はよく怒ってくるけどなんだかんだいい先生だし、そういう一方的な思いこみはしなさそうだけど。むしろ、あまり関わらないのに噂だけで判断する他の先生の方が面倒だ。

「………姉貴のことでも書こうかと思ったけどさ」
「うん」
「なんか大変そうだとか、辛そうだとか、がんばってるだとか。そんなことしか書けることないんだよね」
「そっか」
「でも、そういうのって、他人に言うようなことじゃないじゃん」
「………うん」

 だから書かなかった。

 どう考えても、お題が悪い。せめていくつかある内の一つを選ぶとかだったら、どうにかなったのかもしれないのに。

 膝に力を入れ、手を離す。柵を飛び越え、少しバランスを崩したものの、転ぶことなく着地。振り返ると、子分がブランコを降りてた。

「さっき、駐輪場のとこに猫がいたよ」
「ねこ?」

 ランドセルを柵の外に移動させた子分は、少し首を傾げて小走りで近寄ってくる。

「うん。首輪つけてるのかわからなかったけど、白黒のデブ猫。昼寝してたからきっとまだいるよ。見せてあげる」
「うん。見てみたい」
「じゃあこっち。いなくなってたら探してみよ」

 子分の手を握り、駐輪場へと走る。ちゃんとついてこれるように少しゆっくり目に。子分は一所懸命に足を動かしている。離れてしまわないように、しっかりと手を握り返して。

 このまま、家にも帰らず学校にも行かず、ずっと公園で二人遊んでいられたらいいのに。

 ふと、そんなことを思った。





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