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好みのタイプ




「………そういえばさぁ」
「………ん?」
「椿って結構トメに懐いてる?よね」
「………そう?」
「そりゃそうっしょ」

 ヤエの疑問に、当たり前だと肯定したのは問われた椿でなくサエだった。

 図書館前のラウンジ。珍しくサエも交えての勉強中。ヤエが何となしにという風に口を開いた。こうやって、ヤエが勉強に関係のないことを言い出すのは集中力の切れてきた証拠。

 今日はここまでかなと、椿は見切りをつける。自分はもう少しで一区切りつくので、そこまでは終えてしまおうとテキストに視線を戻した。

「………そうなの?」
「そうそう」

 不思議そうにするヤエに、サエはペンをくるくる回しながら答える。表情は楽しげだ。

「だって椿、トメみたいにデカい奴好きだよ。好み、あたしと同じ」
「え?そうなの?」
「………まぁ」

 そうだねと、話をふられた椿が答える。驚きを見せるヤエに首を傾げしばし、誤解に気付く。

「恋愛対象としてではなくて、憧れるって意味でだよ」
「あ、なんだ。つまらない」

 つまらないと言われても。

 椿が少しだけ困ったような笑みを浮かべる。落胆を見せたのは一瞬、ヤエはすぐに好奇心に瞳を輝かせた。

「椿、ああゆうデカい人好きなんだ?」
「そうだよー。トメはちょっと薄くて童顔だから、ドンピシャじゃないけど」
「童顔はともかくとして、薄い?」
「うん。薄い。もっと厚みがある方がいいね」
「あれで十分怖がられること多いみたいだけど……ちょっと待って。それがマイナスポイントって事は、デカくてゴツくて強面がいいって事?」
「そうそう」
「へぇー」

 まじまじと見つめられ、会話においていかれてた椿は戸惑いを浮かべる。

「………男として、ああいう体型は憧れるよね?」
「そう?ちょっと威圧感あって怖くない?」
「強そうでいいなって思うけど」

 ねぇ、と椿はサエに同意を求める。そうだねとサエは答えた。楽しげに。

「でも、まぁ、椿がああなるのはちょっと難しいね」
「………まだ、成長期」
「でも、難しいよね?」

 椿がじとりとした視線をサエに向けるが、向けられている本人は何処吹く風。くつくつと笑いながら、ヤエにふる。

「いやぁ……それより、サエも同じ好みって、サエもああなりたいって事?」

 同意も否定もせず、ヤエは話を逸らした。

「あたしはどっちかってと恋愛対象?」
「えっ?」
「えって?」

 なぜヤエが驚いたのかわかっていながら、サエが理由を問う。

「え?だって、デカくてゴツくて強面なのが好みなら、悟は?」
「好みじゃないね」
「えーっ?」

 ヤエの驚きっぷりに、サエは楽しそうに肩を揺らして笑う。椿はさっと辺りに視線を走らせた。

 ラウンジにはそれなりに人がいて、ヤエの声の大きさに何事かと視線が集まってしまっていた。

「ヤエ、声」
「あ、ごめん。………え?サエ、悟好みじゃないの?」
「そうだよー」

 椿に注意され、ヤエは必要以上に声をひそめた。テーブルの上に身を乗り出し、こそこそと問う。対するサエも、ヤエにあわせて身を乗り出す。声はさほどひそめてないが。

「別に好みの相手としか付き合っちゃいけないわけじゃないじゃん。あれはあれで面白いし」
「えーでも……」

 納得できずにいるヤエに、サエはふっと男前な笑みを浮かべる。

「だいたい、理想の相手に出会える確率なんて低いし」
「そりゃそうだろうけど……」
「相手の好みもあるしね」

 問題を解く手を止め、椿が付け足した。ヤエが不服そうな眼差しを椿に向け、それから視線をサエに戻す。

「じゃあ、サエはまだ理想通りの人には出会えてないって事?それともいたけどふられた?てか、一番近いのトメ?」
「ううん。右京さん」
「右京さん?」
「兄貴の友人」
「右京さん、格好いいよ」

 思わずと言った様子で椿が口を開く。声のトーンが普段より高くなっていた。

「え?ちょっと待って。何か椿嬉しそう?」
「右京さんは椿の憧れなんだよね?」
「うん」

 ひっそりと、椿が笑む。その椿に向けるサエの眼差しも嬉しそうだ。

「その人格好いいの?」
「うん」
「子供が見たら泣き出すレベル。やーさんも思わず道を譲る。威圧されたら身動きとれなくなるんじゃない?節分でお面不要」
「え?それ格好いいの?」
「格好いいよ」

 椿は頑として譲らない。

 えー?とヤエはサエに視線を向けるが、サエはただ楽しげに笑うだけ。そもそもサエが自分の好みとして上げた名なのだ。否定するわけはない。

「右京さん、昔は華奢だったって言ってたから希望はある」
「まぁ、頑張りな。で?ヤエは?」
「ん?」
「好み」

 にやにやしながらサエが問う。本気で知りたいというよりは、人のを聞いたのだから自分も話せといったところ。

「オレはねー、年下で料理上手な女の子」
「悟は?」
「残念。好みとは違うね。でもほら、悟は別格だから」
「あはは。人のこと言えないじゃん」

 恋人からも自称愛人からも好みではないと断言される悟の立場に、どうなんだろうと思いつつも椿は何も口にしなかった。そういうこともある。

 目の前の二人は楽しそうだからいいだろう。そう判じ、テキストの問題に意識を戻した。





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あきゅろす。
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