下校 □□□□□ 「おい、一城。帰るのか?」 「ん?うん」 鞄を手に教室を出ようとした所で、クラスメイトに声をかけられた。 終礼が終わり、何人かは先生が教室を出るよりも前に飛び出していった。帰り支度もせずにされているお喋りや、寄り道の相談をする声で教室内は賑やかだ。 元気だなぁと思いつつ帰り支度をし、席を立つ。廊下側一番前の席なのでドアはすぐそこなのだが、ドアをでる前に声をかけられ足を止める。 顔をしかめつつ、気持ち早足で近づいてきた戸市君は、毎日何かと話しかけてきてくれている。入学式の日、一番最初に話したのがオレだったようで、親しみを持ってるみたいだ。 「保健室に顔出せつってたろ」 「あー…うん。でも今日は用事あるから」 「昨日もそう言ってたよな?」 「そうだっけ?」 言った記憶はある。 「………その内オレが強制連行するはめになりそうなんだが」 「そうなったら逃げられたって言っといて」 そう言って笑いかけたら、苦い顔をされてしまった。まぁ、当然の反応か。 保健室の音無先生と親戚関係らしく、遠慮なくこき使われているようだ。その内、本当に強制連行されそうだけれど、その時はその時。不都合があるわけではない。 思案顔だった戸市君が、やおらニヤリと笑う。 「そこまで避けるってことは、さては何かやらかしたな」 「嫌だな。やらかしてなんかないよ」 今年はまだ。 「大体、やらかしてたら呼び出すの音無先生じゃないし」 「それもそうか」 そうそうと頷いておく。 まぁ、去年やらかした際には、当時の担任からではなく音無先生からお小言をもらったわけだけれども。 顔を出すよう言われてるのは、たぶん今年は平気なのか気にされてるんだろうな。また、留年しでかすんじゃないかと。原因というか理由というかについては、うまく誤魔化しきれなかったけれど、話す意志はないと前面に押し出しといたから。諦めさせるところまではもっていけた。 後は、一度挨拶に行ったきり保健室行ってないから不審がられているのかも。去年まではちょいちょい通っていたし。 でもその原因は寝不足から来るもので、今は十分すぎるぐらい睡眠とれてるから保健室に行く必要ないんだよな。睡眠とれてるって話はお小言もらった時にも、挨拶に行った時にもしたのに信用されてないのだろうか。 信用、されてないのだろうな。 まぁ、いいや。 「じゃあ、もう帰るから」 「おー…、また明日」 「………うん」 曖昧に笑って、手を振る。 何気ない、何てことないやりとりのはずなんだけど、どうにも慣れない。クラスメイトに気軽に声をかけられることにも、当たり前のようにまた明日と挨拶されることにも。 ゆったりと、昇降口に向かう。 学年が上がらず、去年の後輩が同級生になった。下の学年になればなるほど噂のことは知らないし、そもそもが何年も前の話。留年しているということで少し遠巻きにされてる節はあるけれど、比較的おっとりとした雰囲気のクラスだしなんだか平和だ。 加えて戸市君は外部入学なので本当に何も知らない。だから、普通にクラスメイトとして接してくる。この調子なら、シキの言っていたように何事もなく平和に過ごせそうだけれど。 ………………あ。まただ。嫌だな。 昇降口で靴を履き替えながら、そっと校舎内の様子を窺う。下校する生徒や部活に向かう人などが行き通っている。気になる姿はない。けれど。 今月に入ってから、やけに視線を感じる。悪意や、嫌な感じがあるわけではない。けれど学内外問わずで気持ち悪い。あっちのに比べればマシではあるんだけれど。 小さく息を吐く。早く帰りたいな。 ―――早く帰ってきてほしくて……… 早く、帰ろう。 気持ち早足で、駐輪場に向かう。買い物は、今日はしなくても大丈夫。バイトもないし、まっすぐ帰ろう。 ヤエと旅行することになった。シキは嫌そうな顔をしたけれど、予想通り反対することはなかった。ただ、話してる間に迷いが生じていた。もし反対されてたら、一度行くと決めたのにやっぱりとなっていたかもしれない。それは好ましくないから、反対されなくて良かった。 帰ってきたら疲れているだろうからと、ご飯の準備をしてくれるとまで言ってくれて。申し訳ないし、オレの仕事だしと思うところは色々あるけれど、シキの手料理もその優しさも嬉しくて。 あげくが、あのセリフ。 あまり乗り気じゃなかったし、連休をシキと過ごせないのは残念だけれど、ちょっと楽しみになっていた。煩わしい視線も、旅先まではついてこないだろうし。不安はまだあるけど、シキが帰りを待っててくれるから。ゆっくりと休める場所があるから、安心できる。 今日はもう、早く帰って休もう。 戸市君には用事があると言った。嘘ではない。バイトもないし誰かと会う約束もない。買わなきゃいけないものがあるわけでもない。けれど夕飯を作る必要はある。これも歴とした用事だ。 ただ、急ぎではないというだけで。 <> [戻る] |