急用 椿がぼんやりとカレンダーを眺めていた。 「………どうした?」 「………ん?……あぁ、もうすぐ五月だなぁって」 確かに、もうすぐ五月ではある。 だからといって、なぜカレンダーを眺めているのか。まぁちょうど良いかと隣に立ち、日付に指先で触れる。 「………この日」 「ん?うん」 「夜、ちょっと呑んでくる」 「………ん。わかった。じゃあ夕飯いらないんだね」 「いや」 「ん?」 不思議そうに椿が見上げてくる。それをじっと見つめ返す。 「食べてくるんだよね?」 「いや、ちょっと呑んでくるだけだ」 「………空きっ腹にアルコールは良くないよ」 「つまみぐらいは食ってくる」 椿が首を傾げた。 「だったらやっぱり夕飯いらないんじゃ」 「………食うつっても軽くだからな。帰ってから少しは食いたい」 なおも納得できずにいる椿に、言葉を付け足す。 「お前の胃袋と同じにすんな」 数度瞬き、あ、そうかと呟いた椿はけれど、すぐにむっとした表情を浮かべた。その反応に、ふっと笑みをこぼす。 「シキだって、普段そんなに食べないくせに」 「お前よりはマシだ」 わざとらしく勝ち誇ってみれば、不満そうな表情を向けてくる。くつくつと笑いながら、その頭に当たり前のように手を伸ばしそうになった。動かしてしまう前に気づけたので、触れてしまわずすんだが、何となく視線を逸らす。 「………まぁ、だから何か軽く頼む。茶漬け程度でもいい」 「………ん。わかった。トメにおめでとうって伝えといて」 「おー」 適当に返事をしてから内容が頭に入る。疑問符を浮かべながら椿を見れば、まだ不満げにしていた。 「トメとつったっけか?」 「あれ?違った?」 「いや、ちがわねぇが……」 だよねと頷いてから、椿は説明を口にした。 「ほら、メガネパーティー?の時」 「あ?」 「本当はシキとトメと悟さんの三人だけで集まるはずだったって聞いてて」 「あー」 そういやあん時は人数やけに増えたな。いや、内二名はオレが連れてったんだが。 「それで、二月に呑みに行ったのもその三人でだったでしょ?」 「ああ」 「サエさんからもヤエからも、悟さんの誕生日がその月にあるってのは聞いてたから。だから、今月も集まるのかなとは思ってた」 そしたら案の定、呑みに行くと言い出したからやっぱりと納得したのだという。 「………トメの誕生日、知ってたのか?」 椿がこくりと頷く。 「ヤエが、家族水入らずの邪魔できない。東子さんが、ケーキ作り張り切ってるって」 ………あいつは、やけにトメの家を気に入ってるな。 「毎年集まってるの?」 「気付いたらそうなってたな。特に祝うわけでもねぇが」 「へぇ……」 椿が何か言い掛け、けれどテーブルの上の携帯が振動したので途切れる。急ぎ椿が携帯に手を伸ばした。ディスプレイを見て、それから耳にあてる。 電話か。 その姿から視線をはずし、カレンダーに向ける。 「………もしもし?………うん。どこ?………わかった。すぐ行く」 すぐ行く? そのセリフに振り返るのと、椿が通話を切りこちらを向くのはほぼ同時だった。 「ごめん。ちょっと出てくる」 「あ?」 「すぐ帰るけど、何だったら先に食べてて。あと少しでご飯炊けるから」 「出てくるって……今からか?」 「うん」 言いつつも、携帯をポケットに押し込んだ椿の足は、すでに玄関に向かっていた。その後を追う。 「………何かあったのか?」 「ちょっと、サエさんが……」 サエ。 言いよどんだ椿が、困り顔を向けてくる。言いにくいならわざわざ口にしなくて良いと、笑みで返す。 「すぐ帰ってくんだろ?」 「そのつもり」 なら、いい。 「自転車、とばしすぎるなよ」 「うん」 「………気をつけて」 「うん。いってきます」 パタンと閉じたドアをしばし眺め、ため息を一つ。そうしてリビングに戻り、力なくソファに腰を落とした。 焦った様子から、一瞬事故か何かかと思った。けれどそれならすぐ帰ると言わないはず。時間がかからず帰ってこられるなら、すぐに片が付くか、様子を見てくるかだけなのだろう。心配する必要はない。 ソファの背もたれに首を預け、ぼんやりと玄関に続くドアを見るともなしに眺める。 サエに何があったのか。それよりもどうして椿が呼び出されたのかが気になってならない。電話はサエからだったのだろうか。だとしたら、サエからのもバイブ設定してあることになる。 何となしに、手を握りしめる。 すぐ帰ると言ってはいたが、どれくらいかかるのか。そもそも、どこへ行ったのかさえも知らない。今出て行ったばかりだというのに、ドアが再び開かないかと待っている。一人で飯を食う気にはなれない。 ゆっくりと息を吐き出す。 瞼を閉じる。 時計の音が、やけに響いて聞こえた。 <> [戻る] |