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お悩み相談室9




 新しい命の芽吹く弥生の月。段々と暖かくなり始めたその頃、外温とは裏腹に巫女さんの心内は心底冷え込んでいた。凍りつかせるような眼差しで、目の前の男を見つめている。睨み付けていると言っても過言ではない。

「サキちゃんがっ」

 次に来た時は無視しようと決めていた。前回来た時は、促すまで口を開かなかった。だというのに今回は、来て早々サキちゃんがサキちゃんがと壊れたお喋り人形のように。

 鬱陶しいったらありゃしない。

 最初は巫女さんも聞き流していた。無視して掃き掃除を続行していた。とはいえ、否応なく声は耳に入ってくる。聞く気がないにも関わらず、耳に押し込まれる男とその恋人にあれこれ。愚痴なのかノロケなのかすら区別がつかない。うんざりとした巫女さんが、掃除の手を止め男に向き直る。関せず、男は口を開き続ける。

 事の発端はバレンタインだったらしい。恋人からは貰えなかった。自称愛人が用意したものを食べてしまった。それがバレンタインチョコだったという疑惑が生じ、激しく後悔した。

 この時点ですでにつっこみたい箇所が幾つかある。それらを巫女さんはグッと飲み込んでいた。

 恋人の価値観は変わっていて、男が渡す側と認識していた。むしろ、男が渡さなかったとかわいく詰られた。事実、自称愛人から恋人は貰っていた。自称愛人に対するお返しとして、花見が企画された。その席で恋人は、執拗に男と自称愛人を二人きりにさせようとしていた云々かんぬん。

 ぐだぐだぐだぐだ言い連ねていたが、要約するとこういう次第らしい。

 だからどうした。

「なぜ、サキちゃんはああもオレとヤエを一緒にさせたがるんだ?バレンタインにオレが何も用意していなかったから拗ねているのだろうか」

 自問自答するならよそでやれ。

 いい加減、巫女さんは男の口を塞いでやりたくなっていた。縫い付けても呻き声が煩そうだから、土か何かを詰め込んで。

「前もってわかっていれば、サキちゃんのために最高のバレンタインを演出していた。だが、日本では女性からというのが主流じゃないか。いや、プレゼントを抜きにしても、デートのセッティングはしておくべきだったのか」
「…………」
「確かに、悲しませてしまったことは申し訳なく思っている。償いになるなら何でもするつもりだ。だが、だからと言って、なぜヤエにお返しなど。しかもそれで花見になるんだ」

 この状況を見る限り、嫌がらせとしての効果はてきめんだ。その点は恋人グッジョブなのだがいかんせん。他人のところに押しかけてこないようの配慮もほしかった。切実に。

 元々、面倒な人間ではあった。だが、今の恋人と付き合い始めてから、輪をかけてひどくなってはないだろうかと巫女さんは思った。たんに、タイミングが悪かっただけなのだろうか。

 そもそも、返事を必要とせずただ吐き出したいだけなら、ここでしなくてもいいではないか。自分の部屋でもいいし、王さまの耳のように穴を掘ってそこにでもいい。なぜ、朝もはよから押しかけてくるのか。他に人のいない時間帯を狙っているのはわかるが、それを考える理性があるなら来るな。無意識だというなら質が悪すぎる。

 大体、さっきからぐだぐだ言ってるが、もし、

「…………だったら」
「何か言ったか?」
「……何も」

 ついこぼれてしまった言葉を、男が拾った。巫女さんは首を横に振り、そして息を吐く。

「もう満足した?したならとっとと帰ってちょうだい」
「……」

 男が不満げに口を結ぶ。巫女さんは無視して背を向けた。箒を動かす。

「話を聞くぐらいいいだろ」
「耳障り」
「それに、意見を聞かせてほしい」
「はぁ?」

 思わず手を止めた巫女さんが振り返る。先ほどまで一方的に話続けていたくせに何を言い出すのかと。男は言葉を続けた。

「いくら嫌がらせとはいえ、自分の恋人を他の奴、それも男と二人きりにさせようとするものなのか?お持ち帰りしてしまえとまでヤエに言っていたんだぞ」
「知らないわよ。お持ち帰りされてしまえばいいじゃない」
「ふざけるな。何か間違いが起きたらどうしてくれる」
「お赤飯、炊いてあげる」
「冗談じゃない……あぁぁもう、本当にサキちゃんは何を考えているんだ」

 ついに男は頭を抱えた。巫女さんは嘆息した。そんな、理解しきれないところも素敵なんだがとか何とか言っているのは、聞こえなかったことにする。

「……少なくとも、私だったら付き合ってる相手を別の人とくっつけようとはしないわよ」

 性別関係なく。

「サキさんがどういう心づもりなのかは知らないけど、私がそういう行動に出るとしたら嫌がらせじゃなくて本気ね」
「……本気」
「本当はもう別れたいけど言い出せなくて、八重垣君とくっつけようとでもしてるんじゃない?」
「そ、そんなはずはない!」

 まぁ、そうだろう。話に聞く限り、別れたいと思ったらはっきりと口にするタイプに思える。

 絶対に二人の間で間違いが起きるわけないと確信があっての事なのか、あったところでどうでもいいと考えているのかは知らないが。

「意見を聞きたいと言ったのはそっちでしょう。実際のところが知りたいなら、直接本人に聞きなさいよ」
「……っ」

 ぐうの音も出ないようだと、巫女さんは勝ち誇った表情を浮かべる。

「……いいじゃない。二人きりでの花見デートでなかっただけましでしょうに」
「まぁ、騒がしい方が好きらしいからな。バレンタインにヤエから受け取ってないにも関わらず、シキやトメも参加していたし。椿は、受け取っていたようだが」
「……また、そのメンバーだったの?」
「またとは何だまたとは」

 男が顔をしかめる。巫女さんは肩を竦めた。

「前にもそのメンバーで集まっていたでしょう。ほら、性別間違えられた」
「今回、シキの親戚は参加していない」
「あら、そう」

 それがどうした。大差ないではないか。

「でも、いいわね。花見」
「何だ。羨ましいのか?」
「そこまでではないけど……今度、行ってこようかしら。存分に楽しんでくるわ」
「……オレ以外はわりと満足げだったがな。シキはふらりと絵を描きに行っていたようだし、トメも何だかんだ最後まで参加していた」

 そこまで口にし、男はわずかに顔をしかめる。どうしたのかと巫女さんが眉をひそめる内に、一つ息を吐き出した。

「皆、勝手気ままに席をはずして。気づけばしばらく誰もいなくなっていた」

 苦々しい表情に、それでかと巫女さんは納得した。

 恋人の嫌がらせがどうのこうの言っていたが、そうやって一人きりになってしまった時があって、放置されたように感じたのだろう。寂しかったなら寂しかったと言えばいいのに。自覚がないのは本当に面倒だ。

「……満足できなかったならもう一度行けばいいじゃない。今度は二人きりででも」
「だから、なぜヤエとデートさせたがる」
「……いや、八重垣君とじゃなくて、サキさんと」
「…………あ」

 何を言い出すのだと、巫女さんが呆れの眼差しを向ける。ふわりと風が吹き、一片の桜の花弁が舞い降りた。





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あきゅろす。
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