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お悩み相談室8




 甘い匂いの漂うその月に、巫女さんは甘いものが大量に陳列された店に訪れていた。買う予定があるわけではない。ただの冷やかしとして。

 恋人に送るのか、想い人に送るのか、友人に送るのか、それとも自分用か。穏やかに談笑しながらの人もいれば、やけに真剣に吟味している人もいる。商品を眺めるのも客を観察するのも愉快で、存分に楽しんでから巫女さんは店を後にした。

 外の空気は冷たかった。

 マフラーをしっかり巻き直し、さて次はどこへ行こうかと見回し、一人の青年と目があった。巫女さんはにっこりと笑みを浮かべる。青年はしまったと視線をそらした。巫女さんは構わず笑顔のまま手招く。観念した青年が近寄ってくる。

「……お久しぶりです」
「久しぶり。背、伸びたわね」
「先輩はますますお綺麗になって」
「ハッ」
「……鼻で笑われた」

 呆然と呟かれた言葉を、巫女さんは無視する。

「で?弟は……」
「……名前」
「弟はこんなところで何してるの?」
「…………待ち合わせです」

 弟と呼びはしているが、巫女さんの弟ではない。友人の弟である。名前もきちんと把握しているが、呼ぶ気は更々なかった。

 青年もそれをわかっているので、やっぱりダメかと肩を落とすにとどめる。

「デート?」
「違います」
「そう。つまらない」

 巫女さんが舌を打つ。うーわーと、青年の顔がひきつった。

「……デートだったら邪魔する気ですよね」
「まさか。何?本当はデートなの?」
「違います」

 ふぅんと巫女さんが呟く。青年はふいと視線をそらした。

「相手はまだ?」
「はい。遅れるそうで」
「そう。そこの広場?」
「ええ、まぁ」
「そう」

 じゃあ行くわよと、巫女さんが広場に足を向ける。え?と驚いた青年が、慌てて後を追う。

「一緒に待つ気ですか?」
「ええ」
「まだ時間かかりそうだし、寒いからどこか中に入るつもりだったんですが」
「そう」
「……奢りますので」
「結構よ」

 広場の端の植え込みの前、全体が見渡せる位置に巫女さんは陣取る。一つ息を吐いた青年は、少し距離をあけ並んだ。

 端から見れば、たまたま近くで待ち合わせをしている他人同士。二人とも隣を見ず、まっすぐ前を向き、広場を行く人々を眺めているからなおのこと。

「先輩暇なんですか?」
「ええ、そうね。少し聞いてみたいこともあったし」
「オレに興味持ってもらえるなんて嬉しいなー」
「聞いたのだけれど、弟は……」

 青年の棒読みの台詞はまるっと無視をする。視線を合わせることなく、二人の会話は進む。

「ルームシェアを始めたそうじゃない」
「あぁ、はい、まぁ」
「どうなの?」
「どうとは?」
「他人との同居って、どうなのよ」
「……ルームシェアに興味あるんですか?」
「……ええ」

 返答までに少しの間があった。珍しい。何かあるのだろうかと、ぼんやり前を眺めたまま青年は考えた。

「オレの場合、気心知れた遠慮の必要ない相手となので参考にならないと思いますが」
「いいから」
「……まぁ家事分担できるし、一人よりは楽かと。話し相手がいるのも利点にはなり得ますし。友達呼びにくかったり、ウザかったり、煩わしいこともありますが。……予定が?」
「いいえ。ただ知った人が同居を始めて。向いてなさそうなのに半年以上続いてるものだから、どんなものかと」
「へー、オレの友達もですよ」
「あら、そうなの」
「夏に知り合ったばかりの相手と同居始めてました」

 そのフレーズに、巫女さんはひっかかりを覚えた。

 巫女さんが言う、同居を始めた人間も、同居相手と知り合ったのは夏だった。知り合ってすぐその日から同居開始のはずだ。

 そして、今隣にいる青年と同学年だった。知る限り違うクラスだったが、接触する機会がないわけでもなかっただろう。青年の人間関係は、よくわからないところもあるし。

 もしかしたら、そうなのだろうか。

「そいつ、人付き合いを煩わしがるタイプなので、すごく意外でしたね。よほど、相手ができた人なのか、神経図太いのか」

 何となく、ほぼ間違いなさそうだと、巫女さんは判じた。

「……それにしても、遅いわね」
「何がです?」
「弟の待ち合わせ相手」
「……だからデートではないですよ」
「聞いた」
「疑ってるんですか?」
「最初から信じる気はない」
「…………うーわー」

 腕時計を確認しながら巫女さんが告げる。青年は前方を眺めたまま脱力した。

「デートだったら邪魔する気ですか?」
「いいえ。誤解を与えるようなことをするつもりなだけよ」
「あぁ、それなら平気です」
「……何が?」
「オレが付き合ってる相手、オレが先輩に憧れていたのを知ってますから」

 だから今さら誤解も何もないのだと、青年が言う。あら、と巫女さんが呟く。意味ありげに。

 何か口を滑らしてしまっただろうかと、青年は心内で首をかしげた。

 憧れ云々は、とっくに伝えてあったはずだけれど。

「弟の彼女は、私のことを知ってるのね」
「あー…そうなりますね」
「と、言うことは同じ高校かしら」
「それはどうでしょう。スキーの時の写真とかありますし」
「そう言えば、そんなこともあったわね」

 巫女さんがわずかに顔をしかめた。対して青年はどことなく楽しげに笑みを浮かべる。

「先輩の写真、それくらいしか持ってませんけど。……恋人、いないんですか?」
「悪い?」
「いいえ」
「弟はよく恋人なんかできたわね」
「……告白されてしまいましたので」
「不本意そうね」
「そう聞こえます?」
「ええ」
「まぁ、どうして付き合ってるんだろうと思ってはいますけど」

 巫女さんが、軽く口角を持ち上げる。

「なら別れてしまえ」
「そうできたら気が楽になるんですがね」

 青年が重たく息を吐く。巫女さんはクスクスと楽しそうだ。

「悩め悩め。別れを切り出さないということは、悩んでいる方がいいと自分で選んだのでしょう」
「楽しそうですね」
「楽しいわよ。弟が悩み苦しんでいるのを見るのは」
「かわいい後輩が苦しんでるんですよ。少しは慰めてください」

 ここにきてようやく、青年が巫女さんに視線を向けた。ひどく恨めしげではあるが。

 あら、と巫女さんも青年に視線を向ける。

「なら、今からデートでもする?」

 挑発するような、試すような眼差し。見つめあったのは数秒。青年が先に視線を前方に戻す。

「先輩とのデートには事前準備が必要になりますので、後日でお願いします」
「あら残念。次の機会なんてないのに」
「それは残念」

 巫女さんも、視線を戻す。

 会話が途切れる。周囲のざわめきが大きくなった気がした。

 その姿を見つけたのは巫女さんが先。次いで青年も気づく。流れるような動作で巫女さんが腕時計に視線を落としたのに対し、青年は視線をはずさなかった。

「本当にデートじゃなかったのね」
「そう言いました」
「それじゃ」
「はい」

 時間を確認し、そのまま視線を合わせることなく巫女さんは立ち去る。別の方を向いていた青年が、軽く片手をあげる。

「遅い」
「悪い悪い……って今、隣に……」
「隣?」
「あー…いや。気のせいか?」
「何言ってんのさ。ほら、行くよ。寒いから早くどっか入りたい」
「おー」





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