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作文(八重垣榊)




「家族」




















――――――――――



 鉛筆をテーブルの上に転がし、作文用紙をグシャグシャに丸める。

「榊くん?」

 声をかけられ、しまったと気づく。不思議そうに首をかしげてるその子の視線に気まずくなって、顔をそらしたまま作文用紙を広げた。シワがなくなるようにテーブルに押しつけてのばすが、そんなんで消えるわけがない。

 もう一度鉛筆を手にする。でもやっぱり何も書くことができない。

「だーっ!もうっ!」

 ガツンと額をテーブルに押しあてて、激しく足を揺する。クスクスと柔らかい声が降って聞こえた。

 アゴをテーブルにのせたまま正面を見れば、その子は口元を手でおおって笑っていた。少しだけ、気が楽になる。

「……知沙は進んでる?」
「うん。どうにか」
「そっちは何だっけ?」
「私のところは将来の夢」

 将来の夢か。そんなもんないからやっぱ無理だ。

「……知沙の夢って?」
「んー…とりあえずお嫁さんって書いてる。なりたいわけじゃないんだけどね」
「は?」

 意味がわからず声をあげる。その子は少しだけ困ったみたいに笑った。

「特にないから。これなら無難かなって」
「……ぶなん」

 難しい言葉を知っている。

 でもそっか。夢なんて目に見えるものじゃないから何書いたってバレないんだ。それなら書けただろうか。考えてみる。

 ダメだ。適当な嘘すら思い付かない。ほっぺたをテーブルにおしつける。

「榊くんの学年は家族についてだっけ?」
「んー」

 そもそもオレが書かなきゃいけないのは夢じゃなくて家族についてなんだ。何でんなもん書かなきゃいけないんだよ。家のことなんてどーでもいいだろ。

 しかもこれ、授業参観用って。どうせ授業でないし親だって来ないんだから書く意味ねーじゃん。何で頭痛めなきゃなんねーんだよ。イライラする。足を揺する。

 いっそ、母親がいます。父親は知りませんとだけ書いて出してしまおうか。うけとってもらえないだろうけど。

「榊くんはちゃんとまじめに書くんだね」
「ん?」
「適当に書いちゃわないんだなって」
「あ?」

 何を言っているのかと、顔をあげて眉をよせる。

「家のこと書けないんだったら、そこら辺の本の中に出てくる家族とかを書いちゃえばいいのにって思っただけ」
「……んなもん書いてどーすんだよ」
「これが理想の家族ですとか、将来の家族ですって書けばどうにかならないかな?」
「…………」
「‘今’の家族を書けって言われた訳じゃないし」
「あー…え?それいいの?」
「さぁ?とにかく文字が埋まればいいのかと」

 じっと、作文用紙を睨み付ける。

 どうせ、何も書かなかったり一行で終わらせたらうるさく文句を言われるとわかっている。何でもいいから埋めとけば、書きはしたと言い返せるか。

「知沙、ありがとう」

 どうにか書けそうだと、鉛筆を手にとる。ドアがガラリと開いてセンセイが戻ってきた。

「ただいまー。ちゃんと書いてる?」
「もう少しです」
「おー、えらいえらい」
「榊くんも、書くこと決まったみたい」
「おぉーっ、えらいえらいっ!」

 声のトーンが少し高くなった。

 イラっとして、せっかくまとまりそうだった文章が消える。もう一度と思い出そうとしてもうまくいかない。

 真面目に授業を受けてるものの、具合が悪くなってよくここに来ている知沙とは違い、オレは教室にいるのが嫌でサボって来ている。だから、センセイの声に違いが出るのはわかる。でもやっぱりイラっとするものはイラっとする。

「センセイうるさい。邪魔すんな」
「うるさいとはなんだ、うるさいとは。文句あるなら教室に戻りなさいな」
「……これ教室で書くはめになったら、オレまた暴れるぞ」
「八重垣くんっ」

 うっさいなぁ。

「今度はなんだよ」
「それを自覚できたなら、今度は抑える努力を……っ」
「は?ヤダ。無理」

 顔を輝かせたセンセイが、すぐに頭が痛いみたいにおさえる。コロコロと表情が変わって忙しい。

「なんでオレが我慢しなきゃなんないんだよ。悪いのはあいつらなのに」
「……いや、いつも八重垣くんから手を出してるって聞いてるけどね」
「センセイ。暴力ってのは手だけじゃないんだぜ。言葉だって立派な暴力なんだ」

 わかってないなぁと、首を横にふる。

「いや、まぁ、確かにそうなんだけどね……例えば?」
「例えば?」
「どんなことを言われたの?」
「…………」

 センセイがまっすぐに見つめてくる。そのまなざしがやけに優しげで、気分が悪い。

 直接、何かを言われるわけではない。聞こえてくる会話が不愉快なのだ。おもしろくなくて、イライラして。なのに周りは楽しそうにしている。ズルいじゃないか。どうしてオレばかり。そんなん、許せるわけない。

「…………存在自体が」

 吐き出すように言う。センセイはしょうがないなって感じで笑って、でも何も言わなかった。何となくその表情が気に入らなくて、作文用紙を睨み付ける。

 ポンと、軽く頭を撫でられ、そしてすぐに離れた。一瞬だけ、保健室の、薬の匂いが強くなる。

「ま、とりあえず今はさっさと作文書いちゃいなさいな」

 鉛筆を強く握りしめる。

 そんな風にされたら、オレがわがままを言ってるみたいじゃないか。なだめるようにされて、すごく悔しい。

 ふと視線を感じ、顔をあげる。知沙がこちらを見ていた。目があうと、静かに笑いかけられる。少しだけ、肩の力が抜けた。つられるように小さく笑う。

 チッチッチッと、時計の音が保健室に響く。

 センセイは自分の机で何か仕事をしている。作文を書き終えた知沙は、何か難しそうな本を読み始めていた。

 オレの作文用紙は白紙のまま。頬杖をつき、ぼんやりと紙を眺める。なんだか、眠たくなってきていた。

 どこにいても息がつまる。居心地のいい場所なんてない。面白くなくて、イライラして、ちょっとしたことで頭に血が上る。

 けど、ここは少しだけマシだった。





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