オマケ・花に嵐 ■□■□■ 花見に行こうかなとその人は言った。 その人が花見に行くなら私も行く。どこにだってついていきたかったしできる限りはそうしていた。 だからその日もその人について出かけた。おまけまでついてきたのは少し面白くなかったけれど二人きりがいいなんて贅沢は言えない。それにその人と出かけられるだけで幸せだった。 訪れたのは大きな公園。桜はまだ満開でなかったけれど花見客はすでにたくさんいた。そのせいで気分が少し下降する。その人に人混みなんて似合わない。雅で風流な人だから静けさこそ似合うのに。こんなばか騒ぎするしか脳のない人間に囲まれているなんてまさに掃き溜めに鶴だ。 けれどその人は気にしていないから何も言えない。その人が楽しんでいるのに私が不機嫌になって空気を悪くするわけにはいかなかった。 それにその人は花見と言いながらも花ではなく見物客の観察を楽しんでいた。ならば問題は何一つない。 園内をゆっくり歩いて回る。邪魔にならないように少し後ろについて。人の量は気に入らないけれどその人が満足げにしているので気分は良い。ストーカーみたいだとか腹立つこと言うおまけのことは蹴飛ばして黙らせた。 花はキレイなんだろうし空は青く風も穏やかだけれどそんなものはどうでもよかった。ただその人の笑顔だけを私は見ていた。それだけで十分だったし他は何も必要ない。 なのにおまけが足を止めたりするから。 どうしたのかと思えば何でもないとすぐに歩みを再開したけれど。どうして足を止めたのかわかってしまった。気分が急降下する。 最悪だ。 最悪だ。最悪だ。最悪だ。 何であれがここにいる。せっかくいい気分だったのに台無しだ。泥を塗られた。信じられない。どうして。本当に嫌な奴。いつもいつも邪魔ばかりをする。 あれはベンチに座っていた。男を侍らせて。男好きが。 私は知っている。あれは他人には興味ないですよみたいなすましたツラしときながら男には媚びを売っているのだ。そうやってちやほやされて良い気になっている。いやらしい。 ウザイウザイウザイ。 目障りで仕方なかった。 あんな汚ならしい物に同じ空間に存在してほしくなかった。目に入るのも不愉快。名前を聞くだけで気分が悪くなる。どうしてあんな物が存在しているのだろう。消えてほしい。 だから私はその仮面を剥いだ。 あれの本性を周りに知らしめた。あれの居場所はなくなったのにそれでもあれは居続けた。厚顔無恥にもほどがある。どうしてここまで私を不快にさせる。 彼女を作ったのなんてポーズにしか過ぎないと私は知っている。自分の利のためなら平気で他人を使い捨てる。最低な奴なのだ。 そんな物と三年間も同じクラスだった。四年目もとなった時にはヘドが出そうだった。けれどあれは途中で姿を消した。学校をやめたのだと聞いた。 ようやくかと清々した。経緯は知らないけれどもう二度とその姿を目にしなくて済むなら十分だった。家にも帰ってないのだと言う。どこか私の知らないところで不幸になって野垂れ死にしてれば大満足だ。 なのに今あれは私の視界の中にいる。 男を侍らせて楽しそうにしている。 結局場所が変わろうが何しようが本質は変わらないのだろう。気持ち悪い。吐き気がする。今すぐかけよってそのツラをボコボコになるまで殴り付けてやりたい。 ぐっと拳を握る。 腕を掴まれた。 おまけが奇妙な顔をしていた。何か言いたそうにしときながら視線をそらして口をつぐむ。何かと問い詰めればおいていかれると答えた。 そうだった。私はあの人と花見をしていたのだ。 一度あれを睨み付けてから足を動かす。あの人は振り返ったりしないから少し先まで行ってしまっていた。駆け足で追いかける。人が邪魔だ。 ここが公共の場でなければあの人に頭を撫でてくれとねだったのに。そうすればこの苛立ちも少しは消すことができた。帰ってからでも頼んでみようか。きっと首をかしげながらも優しく笑んで撫でてくれる。うん。そうしよう。 少し気分が浮上した。 それでも脳裏に焼き付いてしまったあれの姿が影を落とす。 あんな物がどうして生きているのだろう。笑っているのだろう。あれの笑顔など害悪でしかない。あれは幸せになるべきではないし生きているべきでもない。 死んでしまえば良いのに。 早く消えてなくなってしまわないだろうか。 だからと言って自ら手を下すつもりはない。あんな物のせいで手を汚すわけにはいかない。どうしてあれのために人生棒にふらなければならない。あんな物は自滅すればいい。 不幸中の幸いはあれが学校をやめたことだ。今回はこうして偶然姿を目にしてしまったけれどこの先関わることはない。あれの姿を毎日のように目にすることはないのだ。 今日は不運だっただけ。 あれはきっと不幸になる。ズタボロのボロ雑巾のようになり下がって誰に看取られることも悼まれることもなく命を落とす。それは決して安らかなものではない。痛めつけられて苦しんで生まれてきたことを後悔して死んでいけばいい。 そうなれば私は幸せだ。 あの人に追い付く。先程までと同じように少し後ろについて行く。少しの間離れていたことにも今こうして追いついたこともその人にとっては関係のないこと。もしかしたら気づいてはいるのかもしれないけれと気にかけられることはない。それでいい。 楽しい想像に気分は大分ましになっていた。あれの話など聞きたくはないがこういう最期の話ならば聞きたい。心が躍る。 ああでも彼は。 優しい彼はもしかしたら心痛めるかもしれない。あれは彼のことなど気にかけやしないのに彼はあれを気にかけている。そんな必要などないのに。 彼が悲しんだら私が慰めてあげよう。 私があれの存在を忘れさせてあげよう。 こうしてこの人の背を追いかけて。彼に笑いかけられて。あれの存在などどこにもない。何て幸せな未来だろう。 ああ早く消えてしまえばいいのに。 おまけがじっと私のことを眺めていたことになんてまったく気づいていなかった。 < [戻る] |