オマケ・花の下にて □■□■□ 「サキちゃんっ」 「ちょっと便所行ってくる」 「言葉遣い!」 「お便所」 「そうじゃない!」 「あー、はいはい」 適当に返事をしながら、サキがその場を離れる。その様子を眺めていたヤエが、首をかしげた。 「悟、サキ怒らせたの?」 「…………何でそうなる」 苦々しげな表情を浮かべる悟。だってねぇと、ヤエに同意を求められたトメは、同意も否定もせずに言葉を濁す。 「少しばかり、意見の相違があっただけだ」 だからそれで怒らせたのだろうに。 ヤエは苦笑を浮かべ、トメは呆れの息を吐き出した。 「じゃー今の内にオレといちゃつく?」 「ふざけるな」 「ヤだな。ふざけてないよ。本気だよ」 なお悪い。 悟は顔をしかめたが、ヤエは気にせず楽しげに笑っている。トメは、ヤエの相手は悟に任せたとばかりに缶ビールを消費する。 「拒否する」 「つれないなぁ。オレの心を奪っておきな…がら……」 不自然に途切れた声に、悟が眉をひそめる。気づいたトメも視線を向けた。 「……どうした?」 「……えっ?……あ、え〜っと、そう。買い出し!ちょっと飲み物買いに行ってくる!」 「は?」 顔をこわばらせ、どこか一点を注視していたヤエが声をかけられ我に返る。そして弾かれたように慌ただしく走り去ってしまった。 その後ろ姿を見送り、残された二人は不審げに顔を見合わせた。一体何がどうしたというのか。 「……飲み物買い出しって、必要ねぇだろ」 「そもそも何も持たずに行ったな」 しばらくヤエの消えた方を眺めていたトメだが、やがて面倒げに息を吐き出すと自身の財布に手をのばした。 「ほっとけばいいだろ」 「んなわけにもいかねぇだろ」 どうせすぐにサキが戻ってくる。それまでの間、荷物番頼むと言い残し、トメはヤエを追いかけた。 軽い駆け足で追い付いた先では、ヤエが脇目もふらず歩いていた。早足で。横に並び声をかけるが、気づく様子がない。じっと、地面を睨むようにして足を動かしてる。顔は、どこかこわばったまま。 「おい。ヤエ」 腕を引き、ようやくヤエの視線がトメに向く。 「……あれ?トメ?」 数度瞬き、それから状況を理解したヤエは、パッと辺りを軽く見回した。そしてそっと小さく息を吐く。トメが顔をしかめた。 「悪かったな」 「え?」 「悟じゃなくて」 「あー…、ねぇ、せっかく悟と二人きりになれるチャンスだったのにー」 一瞬キョトンとし、すぐにヤエはいつものように笑みを浮かべる。何事もなかったかのように。 「だったら先戻ってろよ。買い出しはオレが行ってくる」 「えー…んー…」 来たばかりの道に視線をやり、それからトメを見上げる。しばらく考えるそぶりを見せたヤエは、結果、首を横に振った。 「オレが行く。なーに?代わるために来てくれたの?」 やっさしーと茶化され、トメは顔を歪める。 「財布持ってきてねぇだろ」 「え?あ」 「ったく」 ほら行くぞと、行ってしまったトメをヤエが慌てて追いかけた。 「何が必要なんだよ」 「え?……あー…えーと、必要ってか、コーヒー飲みたいなって」 「なら自販機でいいのか」 「缶コーヒーじゃなくてもっとちゃんとしたの飲みたい。確か駅前になんかあったよね?」 面倒なとトメは顔をしかめる。それでもその足はしっかり駅の方に向く。あからさまに様子がおかしかったのに、その事を問い詰めたりもしない。 隣に並んだヤエは、嬉しそうにトメを見上げた。 「あ、見てみて!」 「あー?」 駅前のコーヒーショップでテイクアウトにて一杯購入した帰り、ヤエがバシバシとトメの肩を叩いた。それはもう、遠慮なくバシバシと。 「バドミントン!楽しそう!売店で売ってるのかな?ね?やる?」 「はぁ?サキか椿に言えよ」 「えートメはやんないの?」 「やらねぇよ」 「あっ」 声をあげたヤエに、今度は何なんだとトメは顔をしかめた。 「椿とシキだ」 「あ?あー…」 ヤエの視線の先を追えば、確かに見知った後ろ姿があった。二人、ベンチに並んで腰かけている。 「……何で少し離れて座ってるんだろ」 「あー…いや、待て」 「ん?」 確かにと納得しかけたトメだが、すぐにそうではないと思い直す。 「よく見ろ。離れてねぇだろ。むしろ少し近いぐらいじゃねぇか」 「えー?……あれ?」 言われ、ヤエは首をかしげた。 「そういや、シキにしてみれば距離近いような?あれー?でも何か離れてるように感じるんだけど」 近い距離を離れているよう感じるということは、より近い距離でいるイメージが強いということ。今よりとなると、よりそうレベルだというのに。 トメは顔をしかめる。一度納得しかけてしまった手前、何バカ言ってるんだと流してしまいにくい。だからと言って、あまり深く考えたくもないし、口にしたくもない。 結果、見なかったことにしようと決めた。 「とっとと戻るぞ」 「え?……あーうん」 ヤエはまだ二人が気になるようだが、トメが歩き出すときちんとついていった。そして、バーベキューの会場にたどり着く。 「あっれー?これってオレたち席外した方がいいのかな?」 どう思う?と楽し気なヤエに答えを求められたトメは、顔をしかめる。 二人の視線の先には悟とサキ。イスに座った悟の前にサキが立ち、指先で悟のアゴをクイッと持ち上げている。視線を泳がせる悟に対し、サキは余裕の表情を浮かべていた。 なぜだろうとトメは考える。 あの二人のこういったシーンに色めいたものを一切感じられない。むしろいたぶっているだとか追い詰めているだとか、そういう印象を受けてしまう。 二人が進退に窮していると、サキが気づいた。にこやかに笑いかけられたのを了承ととり、ヤエが前に進む。トメも嫌々ながらも足を動かした。 「たっだいまー」 「っ!?」 「おかえりー。何?ヤエ、悟というものがありながらトメとデート?」 「サキちゃんっ?」 「えー?デートじゃないよ。コーヒー貢がせてただけー」 「誰が貢いだ。誰が」 ヤエは悪女だねとサキが笑えば、男だから悪女じゃないよ悪男?とヤエが返す。ため息を吐いたトメの視線の先では、サキの手から解放された悟が安堵の息を溢していた。 桜がキレイだ。飯も酒もそれなりにうまい。だというのに心癒されないのはなぜだろう。 どこか遠くを眺めながらトメは考えた。 <> [戻る] |