片づけ 不貞腐れたような姿は新鮮だが、下手にからかって拗ねられても困る。あまり、深くは掘り下げずにおいた。本当に、どうやればこうなるのか不思議でならないが、本人もわかっていないようだし。 見たならもう破り捨ててという言葉には、きちんと答えずにおいた。せっかく椿が描いたのだし、これはこれで。かなり衝撃的なできではあるが。 それに、絵を描くことを避けているようなので、稀少価値がある。大事に隠しておこうと密かに決めた。 しばらくは並んで座っていた。人は多く、騒ぐ子供もいる。賑やかだけれど、穏やかに時間が流れる。 そろそろ戻るかと声をかけた。そうだねと椿が返す。けれどどちらも動こうとはしない。この空気を心地よいと、椿も感じてくれているのだろうか。 相手が先に動くのを待っていたら、日が暮れてしまいそうだ。名残惜しいけれど、腰をあげる。椿も続いた。 戻ると、悟とヤエの姿が消えていた。こちらに気づいたサエが、大きく手を振る。 「戻ってこなかったらどうしようかと思った」 「…………一緒だったのか?」 なぜかわずかに顔をひきつらせたトメに、軽く眉を寄せる。一緒にはいたが、ずっとそうだったわけではない。 「……途中からな」 言って、辺りを見回す。バーベキューの器具は片づけられていた。 「もう、ここ出るのか?」 「ん?うん。一旦お開き。日が暮れ始めたら第二部開始するよ」 「主役の姿が見えねぇが」 「ヤエなら悟とデートしてる」 ……デート。 サエが何てことないように手を振りながら、からからと笑う。 「ほら、一応ゲストだから。準備はやりたがったからやらせたけど、片づけまでさせるわけにはいかないじゃん」 だからといって、それはどうなのだ。 悟から言い出すわけがないし、サエが説得したのだろう。まぁ、関係ないし、どうでもいいんだが。チラリと見れば、トメが疲れきった顔をしている。強引な説得だったのか。 「……先に移動か」 「うん。でもまだ時間あるし、一旦自由行動?しててもいいよ」 なら、何も戻ってくる必要なかったのか。 椿に視線を移す。 「じゃあ、少し歩くか」 「……歩くだけ?」 「何かしたいことあんのか?」 珍しいと思い問う。椿は、そうではなくてと、わずかに首を傾け笑みを浮かべた。 「絵、描かないの?」 「……描きたいのか?」 「違う。オレじゃない。シキが」 「クククッ」 意図をわざと取り違えれば、椿が必死に首を振る。その様が可笑しくて、軽く笑う。恨めしげな眼差しを向けられた。ますます気分が高揚する。 蒸し返すようなことを言うから。けれど、そういやオレが描いているのを見てるのは楽しいと言っていた。だからこそのセリフか。それとも、オレが暇さえあれば何か描いていると思っているのか。否定、しきれないが。 何となく、その頭に手を置いて、ぐしゃぐしゃに髪を乱してやりたいと感じた。月都にするような気安さでできるわけもなく、顔を背けることで誤魔化す。 「……夜桜、参加しそびれるかもしれないぞ」 「それは……困る」 「だろ?」 ふっと笑いかければ、椿も苦笑を浮かべた。さらりと揺れた髪が目に入り、拳を握る。 「何?二人もデート?」 「デートって……」 意味ありげな笑みを浮かべるサエに、椿が呆れの声を返した。サエの言葉で一瞬上がった気分が、椿の言葉ですぐに落ちる。 「……ヤエじゃねぇんだから」 そんなんで椿が喜ぶわけない。苦々しく溢せば、椿が視線を向けてきた。何か言いたげに口を開きかけ、けれど閉じる。 「ま、どっちでもいいけどさ。これ、返却してきてからにして」 「あ?」 「何にもしてないんだからそれぐらいしなよ。あたしは先に弁当持って移動しとくから」 まぁ、仕方がないと器具に手をのばす。 「トメはどうする?どっかで時間潰してくる?」 「あー…いや、一緒に行く」 「あれ?」 同じように手をのばしてきた椿が、顔を上げ首をかしげた。 「トメ、帰っちゃうんじゃなかったっけ?」 「トメねー、やっぱ最後まで参加するんだって」 「いや、最後までとは言ってねぇだろ」 「でも結局そうなるんじゃん?」 「あー…」 「……そっか。トメも参加するんだ」 不思議そうに瞬いた椿が、ふんわりと笑みを浮かべる。トメの参加が嬉しいのだろうか。何となく面白くなくて、口を挟む。 「椿、これ頼む」 「あ、うん。そっちも持つよ」 「いや、それより荷物」 「わかった」 なるべく重たくないものをと、鉄板を渡す。返却の前に洗う必要があるんだろうが、ざっと見た限り洗い場は見当たらないので建物内にあるのだろう。 「……おい。イスもか?」 「あ、イスは持ち込み。持って帰るから」 「持って?」 抱えて持ってきたのか?悟もトメもアルコール飲んでたから、車で来たわけねぇし。思わず眉をひそめる。 「あぁ、兄貴に車出してもらったんだよ。少し花見してくつってたけど、もういったん帰ったんじゃないかな」 「お前、兄貴いんのか」 「うん。いるよ」 いや、いねぇだろ。 「兄貴二人に姉貴一人に弟二人。車出してくれたのは一番上の兄貴ね。姉貴と姪っ子も一緒に来たけど」 「…………多くねぇか?」 「多いよ。何?羨ましい?」 トメが疑わしげにサエを見る。サエは気にせず笑っている。全くの嘘というわけじゃねぇのが質わりぃ。 弟の一人に視線を向ければ、苦笑して静観していた。訂正してやる気はないようだ。 「…………行くか」 「ん?うん」 トメとサエに軽く声をかけてから歩き始める。 どうせトメはまた余計な気を回して、残ることにしたのだろう。帰りたいなら帰ってしまえばいいのに。 チラリと隣を見る。 「…………いつから兄弟になったんだ」 「んー…一緒に暮らし始めてからじゃないかな?」 一緒に暮らして、それで兄弟というなら。それなら、やはり椿にとってオレは兄のような存在ということになるのだろうか。 それは近い存在というわけで。本来ならば、歓迎すべきことだとわかっているのだが。望むことすら、バカらしいと、わかっては、いる。 さらりと揺れる髪。瞼に残る、嬉しそうな幸せそうな笑み。のばせば手の届く位置に。けれど。 大丈夫。どうせ。 どうせ後少しで終わってしまうのだ。だから、余計なことは考えずにいよう。せっかく共にいられる残り少ない時なのだから。 そう、自分に言い聞かせた。 <> [戻る] |