発見 「椿」 「…………サエさん?」 無心に桜を眺めていたら、サエさんに声をかけられた。どうしてここにと思いながら視線を向ければ、サエさんはニコニコと笑っている。 「二人は?」 ニコニコと、笑っている。 深い理由はなくついと視線をそらすと、そう、と納得されてしまった。そして隣に腰かける。 「サエさん、何でここに?」 「ちょっと、気になって。来てみてよかったみたいだね」 「…………そう?」 「そうっしょ」 何となく、先に戻りたいなと思ったけれど、戻ってくるまでいると言ってしまった手前、動けない。サエさんの方を見ないよう気を付けながら、戻りを待つ。 早く、帰ってこないかな。 「イーチ」 「んー?」 返事をしても続く言葉がなく、何だろうと視線を向ける。笑みを深めたサエさんが、手をのばしてきた。髪に、触れる。 「花弁」 「……ありがとう」 花弁がサエさんの指先から離れ、ふわりと地に降りる。その動きを目で追っていると、サエさんが再び髪に触れてきた。ゆっくりと、髪をすく。 ひどく、楽しそうだ。なら、ここにいた方がいいのだろう。 髪をすかれるままにまかせ、ぼんやりと桜を眺める。やがて、競うようにして二人が戻ってきた。サエさんの姿に気づくと、とたん慌て出す。 「サエさんっ!?」 「二人とも、何してんの?」 「ち、違うんです!役目放棄したわけじゃっ」 「そうッス!イチがどうしてもって言うからっ!」 「ふぅん?」 戻ってきたなら、オレがここにいる必要はない。後は任せようと立ち上がろうとしたら、サエさんに頭を抱き寄せられた。側頭部がサエさんの肩にあたる。 サエさんの笑みが深まるのがわかった。どう考えても二人に対する当て付けだ。 「てかさ、オレを見下ろしたまま話すんだ?」 「はっ」 サエさんの言葉に、即座に正座した。地面の上に。 周りの花見客が何事かと視線を向ける。この場から離れたいけれど、サエさんに拘束されているので動けない。思ったよりも不機嫌だったようだ。 サエさんは周りを気にせず二人を笑顔で追い詰めている。時折、髪がサエさんの指にからめられる。その度に二人に睨まれる。 まぁ、仕方ないかと、体重をサエさんに預けた。 「あー…すっきりした」 あれだけいたぶってて、まだ気が晴れてなかったら少し困る。あの二人はとばっちりを受けたようなものだけど、まぁ、自業自得でもあるから気にしないことにしよう。 来たときとは違う道を、サエさんと連れだって辿る。 「こんな気がしたんだ?」 「まさか。……ただ、トラブル起こしてたらなって」 他の花見客とトラブル起こした挙句、補導なり何なりされてたら困るなとは思った。だから、気になって来たのだけれど。 まさか一歩たりとも離れないとか、そんな無茶なことをしてるとは思わなかった。さすがに、さっき言ったようなことにはならないだろうけど、二人揃って離れてしまって、場所とり失敗する可能性は高かった。 見に来といてよかった。 ゆっくりと、足を進める。このまま戻ってしまっていいのか。サエさんの様子を見ると、気づいたサエさんがにこりと笑った。 「もう、気が済んだから」 そうか。ならいい。 「……そうだ。今年も花見するの?」 「ん?するよ。まだ具体的には決まってないけど。イチもおいで」 「うん」 差し出された手を握り、コクリと頷く。サエさんが笑みを深めた。手を繋いだまま歩き続ける。 「クリスマスん時のこと根に持たれてるから、途中で抜けられないかもだけど」 「……え?」 「結構怒ってたからね」 「あー…」 それはよく覚えている。 けれど、途中で抜けられないって。はっきりとした終わり時間を設けるわけでないのに、それで抜けられないって。 「……それ、サエさんの話であって、オレは違うよね」 「まさか。イチもだよ」 「……オレ、ただの助っ人なのに」 「ははっ」 笑い事じゃない。 「まぁ、勝手に抜けたから怒ったんだし、ちゃんと用あるって言っときゃ平気なんじゃん?」 「そうだね」 「むしろ、いっそシキも誘う?したら帰る必要ないっしょ」 「…………いや、それはちょっと」 確かに、帰る必要はなくなるけれど。あの集まりにシキを誘うのは戸惑われる。一人二人増えたところで気づかれない気はするけれど。 「だね。ヤエなら問題なさそうだけど」 「あー…うん」 「そういや、ヤエ、イチに興味あるみたいだよ」 「みたいだね。前に訊かれたよ。知ってるか」 「アハハハ」 サエさんが楽しそうに笑う。 「何て答えた?」 「何も。サエさんははぐらかしたって聞いたから。何か理由あるの?」 「特には。オレが大切にしてるの、イチだけだって知ってるくせに気づかないのが面白くって」 「花見に声かけるんだったら、バレるね」 「あぁ、それはそれで面白そう」 なら、声をかけるんだろうか。 そんなことを思いつつ、何気なく視線を動かし、足が止まってしまった。 「ん?どした?」 「……え?……あ、いや」 何でもないと、サエさんの方を見るも、すぐに視線は戻ってしまう。その先に気づいたサエさんが、あぁと納得の声を漏らす。 「じゃあ、先戻ってるよ」 「いや、別に……」 「いいから、いいから」 「……ん」 それじゃあと、軽く手を振りサエさんを見送る。それから自分は別の方に足を向けた。 こんな所にいたんだ。見つけたからといって、声をかけなきゃいけない理由はないけれど。でも、せっかくだしと邪魔にならないようそっと近づく。 シキは、ベンチに腰かけてスケッチしていた。後ろから覗き込むと、前方にある一本の木を描いているのだとわかった。 少し考えて、隣に腰を下ろす。そうして、シキの手元を眺めた。時間が静かに流れる。 <> [戻る] |