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様子見




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「え?トメ、途中で帰るの?」
「あー…途中っつか、夜の方には参加しねぇな」
「トメはねー、お夕飯、東子さんと食べたいんだって。だから帰っちゃうんだってー」

 ふふふと、楽しそうにヤエが笑う。その姿に、トメが呆れたような眼差しを向けた。

「……そうは言ってねぇだろ」
「でも帰っちゃうんでしょー?」
「まぁ」
「そっか。帰っちゃうんだ」
「何ー?椿、寂しいの?」
「うん。まぁ、でも、東子さんなら仕方ないよね」

 そう言ったら、トメが怪訝そうな表情を浮かべた。何だろうかと首をかしげる。

「いや、ならってお前知らねぇだろ」
「ん?……あぁ、会ったことはないけど、トメが大切にしてるのは知ってるから」
「あ?」
「ヤエが時々、嬉しそうに話してくれるよ」
「……お前な」

 トメが呆れたような視線をヤエに向ける。ヤエはそれを満面の笑みで流した。

「それよりオレはシキの姿が見えないことが気になるんだけど」
「さっき、スケッチブック持ってどこか行ったよ」
「え〜」

 多分どこかで絵を描いている。

「まぁ、仕方ない。椿もいるし、弁当もあるし、帰ったりはしないか。日が暮れる前には戻ってくるよね」
「…………そう言えば、夜桜ってここで?」
「ん?うん。ここはバーベキュー用だから一旦撤去するけど、園内だよ」

 あっちの方と、ヤエが指で示す。

「向こうにね、花見のメイン会場みたいになってるところがあって。夜には提灯ともすんだって」
「それなら、来る時に横通ってきたけど……人、多かったよ」
「だろうね」

 あれ?と首をかしげる。トメも怪訝そうな表情を浮かべた。

「おい。平気なのか?」
「ん?何が?」
「場所とり」
「さぁ?大丈夫なんじゃない?」

 あっさりとした返事に、トメが顔をしかめる。

 トメは夜の方には参加せず帰ってしまうのだから、気にしなくてもいいのだろうに。まぁ、ヤエがあまりに涼しい顔してるから気になるのかもしれないけれど。

「今回はオレ、幹事じゃなくてゲストだから。全部サキに任せてあるよ」
「え?サエさん?」
「うん」

 そうか。サエさんか。

「椿?どうかした?」
「んー……ちょっと」

 返事もそこそこに、その場を離れる。

 サエさんは悟さんと話してるから、本当は話しかけない方がいいのだけれど。でも、ちょっと気になって、早めに確認とりたい。

「サエさん、少しいい?」
「ん?何?」

 こっちと手招く。ひょいひょいと近づいてくるサエさんの後ろで、悟さんが睨んできていた。まぁ、仕方がないと見なかったことにする。

「今回の幹事、サエさんだって聞いたんだけど」
「あれ?そうなの?……そういやそうかもね」
「夜の、花見の場所とりって」
「バッチリだよ」

 サエさんが満面の笑みを浮かべた。

「確保しとけつってあるから。これでとれてなかったら、ねぇ?」
「んー…」
「何?信用ないの?」
「そうじゃないんだけど……確保しとけって言ったんだよね?」
「何がなんでも、ね」

 そうか。何がなんでもか。

 なら、大丈夫なはずなんだけど。何だろう。何か、こう、不安と言うか嫌な予感と言うか。

「椿?」
「んー…」
「どうした?」
「ちょっと、気になるから見てくる」

 ひらりと手を振り、足を進める。

 この公園は広い。先ほどヤエの言っていた花見の場所は、少し離れている。アスレチック広場の横を通り抜け、原っぱを過ぎ、以前にシキと見に来た梅のところを寄っていく。

 どこもここも人が多くて、特に家族連れが目についた。小さな子が、元気よく走り回っている。

 目的地は、一際人が多かった。来ればわかるかと思ったけど、ちゃんと見つけられるだろうか。頭上の桜ではなく、花見客をじっくりと見ながら進む。

 見知った顔は、わりとすぐに見つかった。他とは全く違う空気を醸していて、悪目立ちしている。できれば声をかけたくないと思ってしまうほどに。

 シートの上、二人向き合って正座している。共に、俯くようにして中間地点をじっと見つめて。周囲に殺気を放っている二人は、顔を強張らせていた。時折、体を小さく揺らす。何かに耐えるように。

 どういう状況なのかわかってしまった。あぁ、嫌だな。関わりたくない。でも、このまま放置しとくわけにはいかない。

 呆れの息を吐き、近寄る。声をかける前に向こうが気づいた。

「イチッ、てめぇ!」
「こんにちは」
「ここで何してやがる!」

 いきり立ち、立ち上がろうとしてすぐに元の体勢に戻る。どことなく辛そうなのは、きっと気のせいではない。それでも、しっかりと睨んできているのだから感心してしまう。

「ここには様子を見に。今、向こうでサエさんとバーベキューしてる」
「なっ」
「さ、サエさんと…だとっ」

 くそぅと、羨ましがられる。本当に、この人たちはサエさんに心酔しているのだなと、改めて実感した。

「…………ん?はっ、まさか」
「うん。ここでの花見にも参加するよ」
「な、何でお前がサエさんと…っ」
「何でかはともかく、二人ともトイレ我慢してるよね?」

 ぐっと言葉を詰まらせた。やっぱりかと息を吐く。

 サエさんに場所とりを頼まれて、何がなんでもと頑張るのはまぁいいけれど。だからと言って、二人揃ってこの場を一秒たりとも離れないというのはいかがなものか。多分、片方が離れてもいいように二人に頼んだのだろうに。

「お、オレたちにはこの場を死守するという崇高なる使命がっ」
「そうだ!お前にとやかく言われる筋合いない!」
「とやかく言うよ。サエさん来るまでもつの?」
「…………っ」
「もたないよね?そんな、粗相した場所でサエさんに花見させる気?」
「それは…っ」

 勢いが消え、迷いが見え始める。

「一人でも、充分役目を果たせるから、一人がトイレ行ったり飲み物や食べ物買いに行けるよう二人に頼んだんだと思うよ」
「…………」
「無理させないようにって。なのにそんなサエさんの優しさ踏みにじって。サエさんにガッカリさせるつもり?」
「…………ぐ」
「いいから行ってきなよ。戻ってくるまでは、オレがいるから」
「ここを任されたのは、オレたちだっ」
「サエさんに、迷惑かける気?」

 強く言えば、ようやく引き下がった。

 ふらふらと立ち上がり、クツを履く。お前に言われたからじゃないとか、サエさんのためだからなだとか言いながら、足早に去っていく。

 どうも、もう限界が近かったようだ。だからこそ、耳を貸し、聞き入れてくれたのだろう。いつもなら、オレの話なんて聞いてくれない。

 シートに腰かける。少し、疲れた。桜を見上げ、周囲の音を意識的にシャットアウトする。

 盲目になりがちで、どうもいけない。どうにかした方がいいんじゃないかと思いながらも、それこそオレが口を出すことじゃない。今回はまぁ、オレも参加する花見のことだから口を出したけれど。

 台無しにはされたくなかった。サエさんもヤエも楽しみにしてるし、それに、シキも。

 最初はなぜか不服そうにしていたけれど、お弁当作りの時には楽しんでいるようだった。花見がバーベキューと知り、わずかに残念そうにしていたし。桜見を、何だかんだ楽しみにしていたのだろう。今も、きっとどこかで桜を描いている。だから。

 桜の枝が、風に揺れる。一人きりだからだろうか、少し肌寒い。





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