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味見




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 それは、本当に不意打ちだった。

「……シキ、味見してもらってもいい?」
「あ?ああ」

 部屋にこもって筆を握り、ある程度気がすんだので出てきたら椿に声をかけられた。少し躊躇う様子を見せていたが、了承したらほっと息を吐いた。

 味見を頼まれたことなど今までにはなく、初挑戦した料理なのかとか珍しいなとか内心首をかしげる。そうして差し出された小皿に乗っていたのがチョコレートだったので、ますます首をかしげる事態となった。

 菓子を作っていたのか。本当に珍しい。

 椿の視線を受けながら、一粒摘まむ。口の中にチョコの苦味と強いアルコールが回る。

「……アルコール入りか」
「うん……どうかな?」

 味の感想を求められるのも初めてだ。いや。味見と言っていたのだから当然の事なのだが。

「あんま甘くねぇし、食べやすいな」
「アルコール、きつくない?」

 小皿は差し出されたままなので、ここにある分は味見用として食べてしまっていいのだろう。もう一粒、摘まむ。

「……いや。これぐらいなら、全然」

 言って、ふと気づく。そもそもどういう意図でもって作ったのかを知らないのだ。オレの舌に合わせていいものなのか。

「……つか、どうしたんだ?」

 摘まんだ一粒を、口に入れる。

「ホワイトデーだから。お返しに」

 ごくりと、口の中のチョコを飲み込む。

 まじまじと、小皿の上のチョコを見つめる。ホワイトデー。お返し。バレンタインの。動かない頭でどうにか今日がホワイトデーなのだと思い出す。けれど。

 お返し。確かにあれは。けれど、それと知れぬように。まさか、気づかれていたとでもいうのか。なら、これは。

「手作りには手作りをってヤエに言われて。それもそうだなって、思って」
「…………手作り?」
「ん?うん」

 …………あぁ、そういうことかとようやく理解する。最初にきちんと味見だと言っていたではないか。

「……桜子にか」
「うん」

 考えなくともわかること。それをなぜ、あんな。どこかで、期待してたとでもいうのか。ありえない。

 気づかれぬよう、そっと息を吐き出す。

「……なら、もう少し甘い方がいいんじゃねぇか」

 特別、甘い物が好きというわけではないが、苦手でもなかったはず。ならばこういう時は苦いよりも甘い方がいいのではないか。
 自分のためではないと気落ちしつつも、珍しく椿が相談めいたことをしてきたのだからと、助言めいたことをしてみる。

「そう?アルコール強すぎないかなって方が気になってたんだけど」
「いや、それは平気だろ。前にもっときついスポンジケーキ食ってたし」
「そうなんだ。何か、そういうの厳しいかと思ってた」
「厳しいは厳しいが……あいつ、菓子や料理に含まれてる分はアルコールとしてカウントしてないからな」
「へぇ」

 差し出されたままになっていた小皿を受けとる。

「左京と同じだ。そういうんだと大目に見てくれるんだ。後、甘酒とか。だからサエさん、お正月には甘酒大量に飲んでたよ」
「……あいつ、強そうだな」
「うん。桜子ちゃんも強そうだよね」
「どうだろうな。弱くはなさそうだが……お前は……」
「弱くはないよ。強くもないけど」
「だったら……」

 いつか飲みにいく約束は、酒場の雰囲気を楽しむだけでなく、しっかりと飲めた方がいいのだろうか。そう、確認しようとして、ふと気づく。

「……おい」
「ん?」
「おい。未成年」
「…………あ」
 ふいと、椿が視線を泳がせる。

 甘酒やら、アルコール入りの菓子や料理を食べた結果からの推測という可能性はある。だが、断定の仕方がやけにはっきりしていたし、何よりこの反応が事実を物語っている。

「おい。未成年」
「いや……ほら、甘酒。あれ、あれでもソフトドリンクの部類だから」
「飲むのか?甘酒」

 正月に用意されていた記憶はないが。

「……苦手だね」
「作るのがか、飲むのがか」
「…………両方?」

 両方つか、味が苦手なら作る気も起きないだろうからそういうことだろう。飲んだことある程度で、酒に強いかどうかなどわかりはしない。

 つまりは、そういうことなのだろう。

「…………まぁ、他人の事言えねぇけどな」

 ため息と共に言えば、椿は目に見えて安堵した。

「ん。大丈夫。シキには迷惑かけないよう、気を付けてるから」
「……そうか」

 迷惑かけられても困るが、だからといってそう遠慮されるのも他人行儀な気がして面白くない。何か言いたい気もするが、言葉が見つからずため息に変わる。

 いつまでも立ち話してても仕方がないと、ソファに座る。ついて来た椿も腰を下ろした。ソファの上に正座し、こちらを向いて。

 小皿には数種類のチョコが数個づつ並んでいる。

「……これは?」
「それはオレンジピール」

 濃いオレンジ色の欠片が乗ったものを、一粒口に運ぶ。

「……これも酒つかってんのか」
「うん」
「こっちは……コーヒーか?」
「そう。それはアルコール入ってないよ」

 味を伺うような眼差しを向ける椿に笑いかけると、肩の力を抜くのがわかった。

 だが、やはりどれもこれも甘味は抑えられている。だから食べやすく、次々と口に運ぶことはできるのだが。これは、女子高生に渡すものとしてどうなんだとは思わなくもない。

 まぁ、あいつの口に合わないことはないんだろうが。

「……甘いのはねぇんだな」
「ん?うん。その方が食べやすいかなって。甘い方が良かった?」
「あいつ、別に甘いの苦手じゃねぇぞ」

 きつい性格してるし、女らしいところが少ないから勘違いしてるのだろうか。けれど、茶菓子として何度か甘いもの一緒に食ってっし、そんなことないはずなのだが。

「でも、シキは甘いの苦手じゃないの?」
「あ?まぁ……あんま食わねぇが」
「だから、甘味抑えてみたんだけど」

 まるで当然のように言って、首をかしげる。そうか。それでかと納得し、ふとおかしさに気づいた。

「……オレに合わせてどうすんだ」
「ん?」
「やる相手は桜子だろ」
「あー…うん。そうなんだけど……シキに味見してもらいたかったから」

 それでは、本末転倒ではないか。そう思いつつも口には出さず、代わりにチョコを摘まむ。

 真意はわからないし、どうせ深い意味などないのだ。きっと、気にしない方がいい。

「……これから、もってくのか?」
「ううん。今日はもう」
「あ?」
「ラッピング材料の事、すっかり忘れてて。片付けの事考えると、今日はもう無理だから」
「……そうか」
「うん。そうなんだ」

 半身をソファに凭れかかせ、椿が見つめてくる。

 後日では意味がないのではないか。けれど指摘はせずに、チョコを摘まむ。

 そうか。今日、この日、バレンタインのお返しであるこのチョコを口にしているのは自分だけなのか。

 例えそれが、味見なのだとしても。





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