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Junior high school days




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 中一のある時期から、オレが教室にいると空気が堅くなるようになった。悪くなると言うほどではなかったけれど、妙な緊張感はあった。その理由は割愛する。

 なので、あまり教室内にいない方がよいだろうと、昼休みなどは席を外すように。

 どこか、人がいなくてのんびりできる場所。そんな場所を探して校舎内をさ迷い歩き、たどり着いたのが第一化学室だった。

 本来なら鍵がしまっているはずだけど、まだよくわかっていなかったので疑問に思わず忍び込む。

 小学校の理科室と何だが雰囲気が違って、棚の中にも見慣れないものがあって、興味深くてつい熱中して眺めていた。だから、急に準備室のドアが開いた時には驚いた。

「うん?お客さんか?」

 表れたのはヨレヨレの白衣を着た先生で、ことりと不思議そうに首をかしげていた。

「見ない顔だな。中学生か?その棚、危ないから気を付けろよ」

 ヒョイヒョイと近寄ってくる。後退りしかけたけれど、背に棚が当たり、動けない。

「あぁ、ほら。揺らすと危ない。クラスと名前は?何か用か?」
「……一年、B組、一城……用はない、よ。ドアが開いてたから、つい。すぐ、戻るから」
「教師には敬語じゃなきゃダメだろ?」
「ごめんなさ……すみま、せん」

 背を棚に押し付けたまま、先生を見る。あぁ、やってしまったと、頭の片隅で思う。身体は硬直してるし、言葉はつまりそうだし、頭は一杯だしで、とても敬語を使っている余裕がなかった。

 それを指摘されてしまい、焦りからますます頭が動かなくなる。

「うん?もしかして急に声かけたから、怖がらせちゃったか?大丈夫。僕は教師の師田だ。ほら、落ち着いて深呼吸してごらん。スー…ハー…。ほら」

 手本を見せる先生に促され、深く息を吸い、吐き出す。何度か繰り返すと、少しはマシになった。

「落ち着いたかー?よし。怖がらせてしまったお詫びに、ココアを振る舞おう。おいで」
「…………ココア?」
「うん?ココア。知らないか?カカオを原料としている飲料。カカオの油脂を減らし、粉末状にして水もしくは牛乳に溶かしたもの。成分は主に―――」
「そういうことじゃ、なくて。どうしてココアがある……んですか」

 それを疑問に思う程度には、どうにか敬語を使える程度には余裕ができていた。

「うん?美味しいじゃないか、ココア。苦手だったか?甘くて美味しいじゃないか」

 これが、師田先生との出会い。

 ココアをご馳走してもらっている間、なぜか歴史の話をされていた。滔々と話すものだからつい聞き入ってしまったけれど、後から世界史ではなく科学の先生だよねと首をかしげたものだ。

 覗いた準備室には、煩雑としていたけれど、面白そうな本や物があってとても興味を引かれた。気が向いたらまたおいでという言葉に甘えて、ちょいちょいと訪れ、お昼を食べながら脈絡があるんだかないんだかわからない講義を受けるようになった。

「……そうだ。今日、部活に顔を出してみるか?」
「いえ、部員じゃないですし入部するつもりもないので」
「そうか?今日は炎色反応の実験を行う予定なんだが」
「……炎色反応?」
「ああ。詳しい説明は放課後するから省くが、端的に言えば炎の色の反応を見る。花火は見たことあるか?」
「はい」
「花火の炎はカラフルだろ?それをやるんだ。温度や燃やす物によって色が変わるんだが、今回は色んな物を燃やしてみる。綺麗だぞ。来ないか?」
「……お邪魔します」

「……先生。これは?」
「うん?……あぁカノプス壺のレプリカだ。今日の部活のために用意した」
「カノプス壺?」
「古代エジプトのミイラ作りの際に使用されていた壺だ。心臓を除く重要な臓器を薬品につけ、その壺に保管していた。今日はミイラ作りの講習を行うからな」
「……ミイラ……どうしてまた」
「前回の部活の終わりに映画の話になってな。そこでミイラの話になった。その日は残念なことにもう下校時間だったので今日に回したんだ」
「……横で聞いててもいいですか?」
「おー、構わんぞ」

 気づけば、時折部活を覗かせてもらうようにも。参加するというよりも、見学するという言葉の方が正しい。ただ、何度も繰り返しているので、下手したら幽霊部員と勘違いしている人もいるかもしれない。

 部活見学と言えば、軽音部も何度か見学した。なっちゃんに誘われて。

 なっちゃんと会うのは、放課後の人気のない音楽室でが常だった。なっちゃんが高校の途中で入部して、時間がとれない時に何度か呼び出されるように。第三者に出来栄えを確認させるという口実の元。

 なっちゃん経由で関わるようになったのは、放課後に音楽室の鍵を貸してくれていた音楽の先生。師田先生とは反りが合わないのか、注意している姿をよく見かける。その関係でも話をするようになり、何かと気にかけてくれるようになった。

 他に図書室や保健室にもよく訪れていた。

「…………保健室?」
「うん。気分悪くなったりした時によく」

 その原因は寝不足であることが多い。けど、シキの所に来てからは寝てばかりなので話したところで信憑性はないだろう。

 シキが友達の話をしてくれたからオレもと思ったけれど、学校内で親しく話をしてるのはほとんど先生だった。

 なっちゃんとはたまにだけだし、そうなると後は光太ぐらいで。科学部や軽音部の人とかとは少しは話すけれど、親しいというほどではない。他の人とは、用があったら言葉を交わす程度。

 今さらだけど、この状況って教師に媚売ってるように見えるんじゃ……。まぁ、本当に今さらか。

「……後、修学旅行で体調崩した時にもお世話になって。体育祭とかマラソン大会とか」
「マラソン大会?」
「……あー…うん」

 思いだし、情けなさから両手で顔を覆って項垂れる。

「椿?」
「……去年、とうとう次は最初から参加せず棄権しろと言われた」
「……あ?」
「でも、次こそは完走したい」
「……完走、できてねぇのか。毎年」

 隣から呆れたような声が聞こえてきた。顔を上げないまま、その声に答える。その誤解はどうしてもといておきたい。

「違う。完走できなかったんじゃない。途中で、ドクターストップかけられて、走らせてもらえなかっただけで」
「同じじゃねぇか。……体育、苦手なのか?」
「苦手ではないよ。単に体力が少し、ほんの少し足りないだけで。運動神経自体は悪くない」
「…………負け惜しみ」
「じゃないよ」

 思わず顔を上げると、シキはクツクツと笑っていた。それを、じっとりとねめつけたけど、ますます楽しそうにされてしまう始末。

 ふぅと、息を吐き出す。

「実際、運動神経は悪くないのにって呆れられたし」
「けど、泳ぐのもできねぇんだろ?」
「あー…うん」

 厳密には泳げるかどうか以前の問題だけれど。

「……シキは体育どうだった?」
「悪くはなかったな。マラソンは完走してたし、水泳で困ることもない。……人を抱えて運ぶだけの体力あるしな」
「……抱えて」

 それは、どういう状況なのだろう。体育の授業中でのことなのか。

 思い浮かべてしまったのは、シキが恋人を抱き上げているシーン。勝手に想像して、勝手に落ち着かない気分になってしまっているのだから、本当に、どうしようもない。

 ついと、シキを視界から外す。

「……人、抱えて運べるんだ」
「ああ。つか、誰がここまで運んだと思ってんだ」
「…………ん?」

 あれ?

「抱えて運んだって、オレ?」
「あ?ああ」
「……そっか、そういえば……え?じゃあ、オレ抱えて自転車持ってここまで帰ってきたの?雨の中」
「いや、自転車は一晩放置したな」

 事も無げに言ってるけど、それでも大変だったはずだ。意識のない人間は重たい。それを、雨の中。傘があったとしても、濡れてしまっただろうに。

「……何か、本当、今さらだけどありがとう」
「はっ」

 笑い飛ばされてしまった。

 でも、そうか。何となく、シキとは逆の方に顔を向ける。

 そうか。今さらだけど、シキに抱えられてここまで運ばれてきたのか。いや、少し考えればわかることなんだけど。そうなんだけれど。

 シキに、抱えられて。

 さっき、想像してしまったことと相俟って、何だかとても落ち着かない気分になってしまった。先程の落ちつかなさとは、違う種類だけれど。





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あきゅろす。
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