思い出話 「花見?」 椿が首をかしげ、髪がさらりと揺れる。なんとなしに視線をそらし、手をぎゅうと握りしめる。 「ああ。ヤエがやりたいんだと」 「あー」 どこか納得したような呟きに、疑問の目を向ける。椿は柔らかく笑んだ。 「前にヤエ、花見いいなぁって言ってたから」 前に。ならば突発的なその場のノリで言い出したことではないのか。 「……サエやトメも参加する」 「……シキも?」 「……ああ」 椿が再び首をかしげる。 参加するといいながらも、不服だと顔に書いてあるのだから当然だ。だが、自分ですら、どうしてこうなると訊ねたいぐらいなのだ。説明できるわけない。 「……どうする」 「じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」 その返答に、気づかれぬようそっと安堵する。これで椿が参加しないなどと言い出したら、一体自分はなんのために。 いや、関係などない。椿がどうしようが自分には関係のないこと。そもそも、来月なら、都合よかったのだ。以前のように、予定より人数が多くなったと考えれば。 「なら、ヤエに都合いい日連絡しとけよ」 「ん。わかった」 椿の手から台布巾を取る。礼を言う椿に笑みで答え、テーブルを拭く。知らずため息が漏れる。 桜は、まぁいい。椿もいる。花見自体に不満はない。ただ、人が多く騒がしいのだと思うと気乗りしない。 それも、一興だと考えれば楽しめるか。 場所は、ヤエが選ぶのだろうが一体どこでやるつもりなのか。椿が花筏を見たことないと言っていたから、近くに水辺のあるとこならいいのだが。 いや。ない方がいい。そうすれば、それを口実に連れ出すことができる。その時は、二人きりで。桜の時を共に過ごせないと考えていたが、杞憂だった。それでも、残り一ヶ月は切っていて。だからこそ。 ぼんやりと、考えながら手を動かす。 「……シキ?」 「……あ?」 「もう運んで平気?」 「…………ああ」 必要以上に動かしていた手を止める。さしだされた手に、布巾を渡した。そうして、夕食の準備が進められていく。 「…………シキの、」 「ん?」 箸を止め顔を上げると、椿は視線をそらした。続きを口にしようかどうしようか、悩んでいる様子が見てとれる。 黙って待てば、少しして口を開いた。 「……高校って、どうだった?」 「……高校?」 「うん。こないだその話になって」 「……ヤエとか?」 ヤエは高校に進学しておらず、最近どうやら勉強に興味を持ち始めたらしいと悟が言っていた。確かに、度々椿と勉強しているようだ。 「違うよ……ほら、前に話してた勉強見てた子」 「あぁ…結果出たのか?」 「うん。合格はしたんだけど……」 言い淀み、困ったような笑みを浮かべる。 合格したならめでたいではないか。だというのに、あまり喜ばしくない様子に、眉をひそめる。 「本人、全寮制だって知らなかったみたいで」 「あ?」 何だそれは。 「ちょっと色々あって。親から出された条件がその学校に進めというもので。まぁ、それはおいといて」 「…………」 「それで、高校についての話になったのだけれど……」 「……高校の話って……お前行ってねぇじゃねぇか」 「うん」 こっくりと頷いた。 「ほとんど中学の延長だったし、まともに行ってないから違いなんて勉強内容ぐらいしか……だから、どうなのかなって」 どうだったか。 雷豆腐を咀嚼しながら、ゆっくりと思い起こしてみる。たいして、印象深いことはなかった。けれど、だからこそ。 「……悪くはなかった」 「そうなんだ。あまり、真面目に授業聞いてるシキって、想像できない」 「まぁ、真面目な生徒ではなかったな」 「やっぱり?」 椿が小さな笑みを浮かべた。その様子に、口元を緩める。 「お前よりはマシだろ」 「ん?」 「わざと留年したりしてねぇ」 「……わざと」 「違ったか?」 「あー…うん。あまり、違くはない」 椿が気まずそうに視線をそらす。その様子に、くつくつと笑いを溢せば、不服そうな眼差しを向けられた。 色々と、理由を述べてはいたが、回避しようとしたようには見受けられなかった。そうなるとわかっていて放置したなら、わざとと言っていいだろう。自覚もあるようだ。 「でも、最初からそのつもりだったわけでは……」 「そんなに、嫌だったのか?」 「嫌と言うか……」 からかうように問えば、言葉を濁らせる。考えるそぶりを見せ、やがて小さく息を吐いた。 「……ちょっと、苦手な先生がいて。担任だったんだけど」 「あぁ…なら仕方ねぇな」 「……っ、うん」 教師といえど顔を合わせたくない奴はいる。それが教科担当なら授業中だけで済むが、まぁそれすら不快だが、担任となるとそれだけでは済まない。 留年してしまえば、運が悪くない限り担任は変わる。学年自体がズレルのだから。 そりゃ留年してしまいたくなるのも仕方がない。それを実際に行ってしまう度胸というか潔さは天晴れだが。それとも、それほどまでに追い詰められていたのだろうか。あまり、想像できないが。 味噌汁の椀に手をのばす。 「……でも、仲の良い先生も、ちゃんといたよ」 「……クロスワードのか?」 「うん。科学の先生なんだけどね」 「…………科学」 あれは確かヒントも答えも英語ではなかっただろうか。まぁ、横から覗いてみた限り、出題内容は多岐にわっていた。そういうこともあるのか。 「ん?干物のもか?」 「干物?…………あぁ、うん。そうだよ。色々と面白い先生で……あれ?」 「どうした?」 椀を置きながら訊ねた。 「いや……シキの高校時代の話を聞こうとしてたのに、何でオレの話になってるんだろって」 「いいじゃねぇか。別に」 「よくないよ。……何か、ずるい」 くつくつと笑えば、じと目を向けてくる。 「別にいいだろ。どうせ、たいした話ねぇし」 「それでも……興味、あるよ」 その興味の対象は、‘高校’になのか‘オレの高校時代’になのか。後者ならばと期待せずにはいられない。 まぁ、いい。考えても仕方ないことだ。 話になるような何かがあったわけではない。それでも、椿が興味あると言うならばと、記憶を辿ることにした。 <> [戻る] |