ふて寝 ■■■■■ 久しぶりのダイニングでの食事。目の前には椿がいる。ここしばらく、こいつの隣で食べていたので、前にいると少し奇妙な感じがした。 他人に対してはきちんとした食事を用意するが、自分はまだ粥を食べている。量も極端に少ない。 昼間パズルや本に熱中している姿は、完治しているように見えたが、まだ本調子ではないのだろう。随分と、長引いている。病人に料理をさせるのはどうなのかとも思うが、本人がやるというのだから問題ないのだろう。 粥を一口、一口、ゆっくりと咀嚼して食べている。その動きを途中で止め、じっとこちらを見つめてきた。 「………さっきのって、シキの彼女?」 「いや」 「………じゃあ友達?」 「違う」 名前すらろくに覚えていないのだから、友人どころか知り合いですらない。 椿はじっと、凝視したまま首をかしげる。恋人でも友達でもなければ赤の他人だ。そんな人間がどうして家を訪ねて来るのかと思っているのだろう。自分は赤の他人の家に居座っているというのに。 「……例えば、一度だけでもいいからデートしてとか?」 肩をすくめて肯定する。微妙に違うが訂正するほどの事ではない。その約束の日が昨日。すっかり忘れ去っていたが。 「何か……意外」 「あ?」 「もしかして結構モテる?」 「不自由はしねぇな」 「ふぅん」 長く続く事もないが。 納得したのかはわからないが、食事を再開した椿を今度は逆に見つめる。 「やけに聞くじゃねぇか」 「ん?」 「そんなに気になるか?」 名前以外の個人的なことを訊ねてきたのはこれが始めてた。めずらしく質問を重ねた椿に興味を持った。 「あぁ、だってシキの知り合いって初めて見たから」 確かに、この家に人が訪ねてくることはない。けれど、それを言うなら目の前のこいつだって同じだ。 「お前はどうなんだ?」 「え?」 「夏休みだろ?」 はっきりと高校生だと聞いたわけではないが、妙な確信がある。働いているなら、こんな所でふらふらとしてはいないだろう。ニートという可能性も一応あるが。 「あぁ、うん。夏休みだね」 肯定されたので、間違いではなかった。 「でも、友達いないし、具合も悪いからここで少しゆっくり休みたい」 なぜ、ここでなのか疑問には思うが、訊ねることはしない。友達はいないとあっさり言い放つ姿に好感が持てた。いないのではなく、特に必要としていないのだろう。教室の中、一人喧騒から離れ席についている姿が容易に想像できた。 「彼女とは別れたし、元々用事なかったから」 「………彼女?」 思いがけない言葉に箸が止まった。 「付き合ってた奴、いんのか?」 「え?うん。ダメになったけど」 「女に、興味あったんだな」 女云々ではなく、他人に対する興味が薄いのだと思っていた。だからこそ、何も訊ねてこないのだと。特定の個人と、深い付き合いをしていたというのは、意外だ。 「な…に、それ」 「あ?」 聞こえてきた、予想外に固い声に再び箸が止まる。見ると、椿が顔をこわばらせていた。 「…オレが、女と付き合ってたら変?」 「変つーか、興味があるようには見えねーな」 眉をひそめながら答えると、椿は手にしていたレンゲを置いた。心なしか、血の気が引いているように見える。 「男に抱かれてる方が似合いだって言うの?」 「………は?」 聞こえた言葉に耳を疑った。話の流れが全くわからない。一体どういう勘違いをしているのか。話が飛躍しすぎだ。 青ざめた顔で、それでもまっすぐ睨み付けてくる。 一瞬、あの雨夜の姿が脳裏を掠めた。 「足広げて、男受け入れてる方が合ってるって?」 「言ってねぇだろ」 「言った。腰振って、喘いでる方がお似合いだって」 内容がエスカレートしている。話が、通じていない。 ガタンと音をたてて椿が立ち上がる。テーブルについた両手が、微かに震えていた。 「ごちそうさま」 まだ粥の残っている食器を手に台所へと入る。そのまま顔を見ないように背けリビングへと移動した。 短い嘆息が漏れる。八つ当たりに対する腹立たしさよりも、呆れの方が勝った。何が気にくわないのかさっぱりわからない。 食事を終え、食器を片付けてからリビングへと入る。椿はソファの上で、背もたれに顔を押し付けるようにしてふて寝していた。 「おい」 「…………」 無反応。 「椿」 名を呼べば、微かに肩が反応したが、振り返りはしない。面倒くさい。構ってられない。 「出てくる」 外に出るなら鍵を下の郵便受けに入れるよう言い残し、部屋を後にした。 <> [戻る] |