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突撃!学校探索!2




「……ん?うん。まだいるよ。……あ、そうなんだ。わかった。……でも、ホヅミ先生に会ったらすぐ帰るつもりだし。……そんなに時間かからないんじゃないかな。顔見せるだけだし。……そう?……ん?あれ?」

 切れてしまったと、彼は手元の携帯を見下ろす。最後、慌てていたようなので何かあったのかもしれない。どこもここも賑やかそうだ。

 携帯を置き、本に視線を戻す。スーツ姿の教師が去ってからは、静かな時間が続いていた。

 どれくらいがたった頃か、白衣の教師がようやく戻ってくる。

「ただいま」
「……おかえりなさい。三年生と綿貫先生が探してましたよ」
「うん。会ったよ。いやぁ、それにしても凄かった」
「何があったんですか?」
「いや、水槽をひっくり返してしまってね」

 話ながら、白衣の教師は彼の近くまで来る。机の上に置かれていた雑誌に片手をのばし、パラパラとページを捲る。

「蛙が逃げ出してしまったんだよ」
「……蛙」
「そう。ドアを開けて作業していたから、大分遠くまで行ってしまったのもいてな。幸い、見つけた生徒が呼びに来たり連れてきたりしてくれたから全員戻ってきたが、まぁ、いい運動になったんじゃないか?」

 そのいい運動とは、蛙を捕獲するために走り回った人に対してなのか、それとも遠くにまで散歩しにいった蛙に対してなのか。どちらだろうと彼は考えたが、訊ねはしなかった。

 パタンと、雑誌が閉じられる。

「いや、しかしそれにしても、思いの外に蛙苦手な人が多かったな。蛙。両生類カエル目―――無尾目。幼生の頃はオタマジャクシと呼ばれ手足がなく尾があるが、変態すると手足がはえ、尾がなくなる。体長は一センチから三十センチのものまで。人との関わりは深く長く、鳥獣戯画にも描かれているし、和歌などにもよく詠まれている。田や雨の神ともされているな。種は二千五百を超え、有毒種もいる。毒蛙と聞いて何か思い浮かぶか?」
「……ヤドクガエルですね。でも今は授業中じゃないですよ」
「いいじゃないか。時間はあるんだろ?」
「時間はありますけど、でも今日は長くいるつもりないので」
「んー、そうか。つまらん。……ここのところ不調だな。早く授業がしたい」

 心底つまらなそうに呟くものだから、彼は困ったような笑みを浮かべてしまった。

「まぁ…いい。それなら代わりに少し付き合ってくれ」

 その女教師が化学室に駆け込んできた時、彼と白衣の教師は向かい合って将棋を指していた。

 彼は顔を上げ、移動させようとしていた駒から指を離した。白衣の教師ものんびりと振り返る。注目を集めた女教師といえば力尽き、ドアにしがみつくようにして座り込んでいた。

「……教師が廊下を走っちゃダメだろ」
「す…すみま、せ…っ」
「大丈夫ですか?」

 近づいた彼が手をさしのべると、女教師はくわっと目を見開いた。そしてさしだされた手のひらではなく、手首を両手でつかむ。

「い、一城君っ」
「……はい」
「よ、ようやく…ようやくっ」

 あ、捕まった。何となく彼はそう思った。

「ど、ど、どうして、学校、来なくなっちゃったの?な、何か嫌なことあった?誰かに何か言われたとかされたとか…。そ、相談してくれればっ……はっ、まさか私?先生があまりにも頼りなくて、それでっ?」
「いえ、試験落としましたし、出席日数も足りなくなったので」
「つ・い・しぃ〜!追試あるから!追試がダメでも追追試とか追追追試とか。そもそも、一城君勉強得意じゃない。なのにっ落とすとかっ」
「いえ、得手不得手はありますし」
「英語得意でしょ?しゅ、出席日数だって、二学期始まった時点ではまだどうにかなってたのにぃ」
「ならオレの計算ミスですね」
「計算得意じゃないっ、数学得意じゃないっ。そ、そんなに学校嫌なの?もう来たくないのぉー?」
「……一城、ダメだろ。教師泣かせちゃ」
「…………すみません」

 ふらふらと近寄ってきた白衣のが、のんびりと声をかける。女教師はすでに半泣きだった。

「ホヅミ先生も。生徒困らせるんじゃないよ」
「し、師田先輩」
「先生」
「師田先生」
「とりあえず、そんなとこ座ってないで中に入りなさい」
「あ、はい」

 白衣の教師に促され、女教師はようやく立ち上がる。そうして、先程まで白衣の教師が使っていたイスに腰かけ、彼と向かい合った。

 白衣の教師は一旦準備室に姿を消す。

「と、とにかくこ、今後のことも含めて話を……あ、五十嵐先生にも」
「待ってください。オレ、この件はホヅミ先生に対応してほしいです」
「な、何で?」
「親身になってくれそうだから。他の先生を信用してないわけじゃないですけど、オレはホヅミ先生がいいなぁって。色々と話しやすいですし」
「い、一城君!わかった。頑張るよ!」

 女教師が顔を輝かせる。それに彼は穏やかな笑みで答えた。

「まずは一度保護者の方とも話したいから、都合のいい日、訊いてきてもらえる?」
「はい。わかりました」

 白衣の教師が準備室から出てくると、すでに女教師はいなかった。両手に一つづつ湯飲みを持ったまま、おやと首をかしげる。

「もう戻ったのか?」
「はい」
「慌ただしいなぁ。まぁいい。ほら」
「あ、ありがとうございます」

 湯飲みを受け取った彼は、息を吹きかけ冷まそうとする。横に佇んだまま、白衣の教師はその姿を眺めた。

 そしてしみじみと呟く。

「一城はあれだな」
「はい?」
「真面目な問題児だよな」
「……それ、前にも言われました」
「うん。言ったな。さて、じゃあ続きをしようか」
「あ、いえ。用が済んだのでそろそろ帰ります」

 湯飲みを置き、腰かけようとしていた白衣の教師は彼の言葉に眉を寄せた。

「まだ勝負はついてないじゃないか」
「そうですね」

 白衣の教師はしばらく名残惜しそうに将棋盤を見つめてから、諦めのため息を吐く。無理強いすれば楽しめないとわかりきっている。

 お茶を飲み終えてから彼は化学室を後にし、階段を降りる。もう、後は帰るだけ。けれど油断は禁物。最後まで気を抜いてはいけなかった。

 階段を降り終えたところで、彼は名を呼ばれた。

「……一城」

 その声に彼はギクリと強ばる。

 聞こえなかったことにしたいと思いながらも、彼は声の方に視線を向けた。そこでは白衣の教師、先程別れたのとは違う、が階段横の壁に背をあずけていた。

 その教師は裏があるとしか思えない、似合わない爽やかな笑みを浮かべ片手をヒラリと振る。

「……音無先生」
「登校しときながらオレに挨拶なしか?」
「今日は、ホヅミ先生に会いに来てて」
「挨拶なしか?」
「……どうも」
「どうも?」
「ひさ……お久しぶり、です」
「本当になァ、久しぶりだなァ?」

 教師はクッと皮肉げに喉の奥をならし、目付きを鋭くする。彼はつと視線をそらした。

「何してんだ?」
「ホヅミ先生に会いに」
「そっちじゃねぇよ」
「……先生、口調」

 訴えるような彼の視線を、教師は鼻で笑い飛ばす。

「ハッ、他人のこと言えねぇだろ。めんどくせぇ」
「……面倒」

 あまりにな言い様に、彼の眼差しは遠くなる。それに気づいた教師が唐突に彼に手をのばした。触れる直前に彼はビクリと後ずさる。

 しまったと気づいた時には時遅し。教師は意地の悪い笑みを浮かべていた。彼は再度視線をそらす。

「保健室行くぞ」
「でも……」

 人質代わりとばかりに、教師は彼の手からローファーを入れた袋を奪うとさっさと歩き始めた。振り返りさえしない。

 後ろ姿を眺め、彼は仕方がないと息を吐いた。まぁ、見つかったのがこの先生でまだよかったと考えながら。

 そうして、彼が帰宅したのは当初の予定より遅くなってからだった。とはいえ家主はまだ帰ってなかったので問題はない。

 慣れた手つきで夕飯の支度を済ませてから、彼はソファに倒れ込む。予定より多くの人と会い、何だか疲れていた。

 うつらうつらとする内に、気づけば家主が帰ってきていた。イスに座り、スケッチブックを開いている。学祭に出す絵がまだ完成してないと言っていたが、別のことしてていいのだろうか。ぼんやりと彼は考える。

「……シキ」
「ん?」
「おかえりなさい」
「……ああ。ただいま」

 手を止めないまま、家主は小さく笑みを浮かべる。その笑顔がなぜか優しく見えて、彼は寝ぼけ眼のまま見つめていた。

「……夕飯、どうする?」
「後で」
「ん」

 なら、もう少しこうしていられる。

 彼はゆっくりと瞼を閉じた。時計の針の音と、鉛筆の音だけが響くこの静寂に、ひどく安らぎを感じていた。





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