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突撃!学校探索




 七里塚未紗が娘を寝かしつけて廊下に出ると、ちょうど二階から半家出状態の親族が下りてきた。それもここしばらく見ることのなかった制服姿で。

 いつの間に帰ってきたのかよりも、学校に行くつもりなのかに驚いた。訊ねれば返ってきたのは肯定。

 道中気を付けるようだけ告げて、彼女は彼を見送った。





 秋空の下に佇む校舎を彼は見上げる。文化祭を終え、今日はその片付け。正門では実行委員がアーチの撤去を行っている。

 この時間に門を潜る、つまりは彼らの横を通るのは嫌でも目立つ。遅刻以外のナニモノでもないからだ。

 できるだけ人と遭遇したくない彼は正門を避けた。また、裏門はゴミ捨て場の近くなので美化委員が常駐しているはず。ゴミを捨てに来る生徒も絶えずいるだろうし、あまり近寄りたくはない。

 そういうわけで彼は抜け道を使用した。

 その抜け道を使用している人物を、彼は自分以外では一人しか知らない。遭遇することはまずないのだ。案の定、彼は誰とも会うことなく敷地内に侵入できた。
 さて、と辺りを見回す。

 用があるのは校舎内。どこから入ろうか。

 どこから入ろうかも何も、彼の上履きは下足箱にある。昇降口に向かうべきだろう。片付けで出入りする生徒はいるが、一々昇降口を通るのは面倒なので使う人は少ないはず。

 それに、と彼は考える。そこから入る方が都合いい。

 のんびりと歩み始める。

 校舎内からは賑やかな声が聞こえる。時折、校舎を見上げ足を進める。窓から見えてはしまわないだろうかと、あまり深刻ではなく考えながら。

 昇降口に人はいなかった。彼は自分の下足箱から上履きを取り出すと履き替える。脱いだローファーは持参した袋に入れた。持っておけば、帰る時わざわざ昇降口を通る必要がなくなる。

 ゆったりゆったり、人気のない廊下を選びながら彼は進む。

 いくら道を選びながらとはいえ、目的地まで一切他人とすれ違わずにいくことは難しい。実際何人かとすれ違ったが、皆、自分の仕事に気をとられており、彼に意識を向けるものは少なかった。

 そうして、彼は目的の第一化学室にたどり着く。

 この部屋は危険物が保管されているので普段は施錠されている。また、同じ理由から文化祭当日も使用されず立ち入り禁止になっていた。科学部は第二化学室にて実験の発表および公開実験を行ったのだった。

 さて、なので本来この日この部屋の鍵は閉まったままのはずである。けれど彼が手をのばすと、難なく戸を開くことができた。そのまま中に入り足を進め、準備室の戸をノックする。そして返事のある前に中に入った。

「おはようございます」
「うん?……一城か。おはよう」

 室内でパソコンに向かっていた白衣の教師が顔をあげる。突然の来訪者に驚いたらしく、首を大きく傾げた後に一つ頷いた。

「取りに来たのか。そうかそうか。ほら、ここに用意してある」
「……ありがとうございます」

 ドサリと取り出された紙袋を見て、彼はわずかに目を見開いた。思いの外に量が多い。

「サービスしといたからな」

 満足気な白衣の教師に笑みで返し、紙袋を受けとる。時間はあるし、期限があるわけでもなし。暇潰しとして終わらせればいいだろう。

「クラスには?」
「いえ」
「ならもう帰るのか?」

 彼は緩く首を振る。

「ホヅミ先生に会いたいので。しばらく隣にいてもいいですか?」
「ん?うん。構わんよ。書くものはあるか?」
「いえ、これは帰ってからにします。代わりに何かあります?」

 苦笑しつつ彼は紙袋をわずかに持ち上げた。

 白衣の教師はこっくりと頷くと立ち上がり、はち切れんばかりに物が詰め込まれた棚に向かう。

「あるぞ。ここら辺はまだ薦めてないよな。こっちは最新号が出てる。後は……まぁ、とりあえずこんなものか。わからないとこあったら声かけろよー」
「はい」

 雑誌と、数冊の本を受け取り、彼は化学室へと戻る。適当な席に腰を下ろすと一度携帯を取り出しメールを一通送る。それから雑誌を開いた。

 静寂が破られたのはそれからわずか十数分後。廊下を駆ける音が響き、次いで勢いよく戸が開かれる。

「師田先生っ!……は、いらっしゃい、ます、か?」

 駆け込んできた男子生徒は、室内にいた彼の姿を見つけると勢いを失った。状況が理解できないまま続けられたしりつぼみな言葉に、彼は手でその方向を示し答える。

「……向こうに」
「あれ?え?一城、先輩?」
「うん」
「学校、やめたんじゃ」
「ううん」
「呼んだかー」

 男子生徒がしきりに首を捻る内に、準備室の戸が開く。白衣の教師の姿を目にし、男子生徒は当初の目的を思い出した。

「せ、先生っ!大変!大変なんです!」
「おー、どうした。とりあえず落ち着きな」
「落ち着いてられません!とにかく早く化学室に来てください!」
「わかった。わかった」

 ここも化学室だというつっこみはなされなかった。

「少し留守番頼むな」
「あ、はい」

 早く早くと急かされ、白衣の教師は連れていかれた。

 再び静寂が訪れ、彼は雑誌に目を戻す。けれどまたしばらくして、今度は廊下から話し声が近づいてきた。彼は雑誌から目を上げ、戸を眺める。

 カラリと、静かに開かれた。

「ん?……お、一城」
「え?一城?」
「ほら」
「……こんにちは」
「おう」

 やって来たのは二人組の男子生徒。

 先ほどの生徒とネクタイの色は同じだが、一人できたのは中学の方の三年生で、二人組は高校の方の三年生。

 先に顔を出した方は気軽に挨拶を返したが、もう一人は彼の姿を目にすると後ずさった。

「師田先生いるか?」
「さっき、科学部の子に連れていかれました」
「うわ、マジかよ。無駄足か……科学部っつぅと」
「たぶん第二に。急ぎですか?」
「いんや。担任として差し入れの一つでもよこせと」
「おい。早く行こう」
「ん?そだな。じゃあな」
「はい」

 閉められた戸の向こうから、会話が聞こえる。

「よく普通に話せるな」
「何がだよ」
「いや、だって、ほらあいつって……」

 声は遠ざかり、途中から聞き取れなくなる。どんな内容にしろ仕方がないと、彼はため息を溢した。

 三度、戸は開かれる。

「師田先生っ!……おや、一城君」
「こんにちは。師田先生なら科学部の子に連れていかれましたよ。その後三年生も探しに来たので、今はどこにいるのか」

 千客万来だなと考えながら、訊かれる前に彼は説明する。やって来たスーツ姿の教師は、片手で顔を覆った。

「……そうですか。科学部の生徒がもう呼びに来ましたか」
「はい。……何か?」
「いえ、ちょっと」

 スーツ姿の教師は、顔を覆っていた手をはずすと力ない笑みを浮かべる。

「科学部が問題を起こしたので呼びに来たんです」
「あー……」
「もう、向かったというならいいんです。文句の一つでも言わないと気は済みませんが」

 それではと、戸が閉められた。

 いったい何が起きたのか、彼は少しだけ気になった。





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あきゅろす。
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