いらっしゃいました 「おじゃましま〜す」 「………」 シキがヤエを連れてきた。 連れてきたってか、迎えにいってたんだけれども。シキは、この後用事があるのだし、ヤエはオレと食事をするためにくるのだからオレが迎えにいった方がよかったのだろうけど。なぜかシキが自分でいくと言い張った。 本当は、わざわざ迎えにいく必要ないんじゃないかなって思ってた。簡単な道順と、マンション名と号数を伝えるだけで。現に、忍と光太はそれで辿り着いたし。 まぁ、シキが迎えにいくというならその方が確実だし、止める理由もない。どうなんだろうと思いながらも見送った。 「………いらっしゃい?」 「えー?疑問系?」 いや、だって。ここはオレの家ではないし。なのにいらっしゃいと言ってしまっていいのか。曖昧に首をかしげ、隣のシキに視線を移す。 「おかえり」 「ただいま」 少し疲れたように見えるシキがクツを脱ぎ、早々に奥に引っ込む。その後ろ姿をちらりと見送ってから、ヤエに手をのばした。 「買い物、ありがとう」 「台所まで運ぶよー。奥でいいの?」 「うん」 台所まで案内して、まだ準備をするのには早いから一旦買ってきてもらったものをしまう。 そう。まだ夕飯の準備には早い時間帯。シキが出かけるまでもまだ結構時間がある。だから、来てもらうのはもっと遅い時間でもよかったはず。夕飯をとのことなのだから。 時間とか、シキが連絡しとくって言ってたから任せてたらこうなった。何か、用でもあったのだろうか。 「ヤエ、コーヒーでいい?」 「ん?うん」 「じゃあ、リビングで待ってて」 「わかったー」 さぁ、用意しようとしてふと首をかしげる。 シキも、いるよね。さっき、リビングで休んでたけど、何も飲んでなかったし。無駄になることはないはず。 お茶うけとかも用意した方がいいのだろうか。一応、お客さん…と言っていいのかわからないけどヒトが来ているわけだし。あ、でも何もない。まぁいいか。しばらくしたら夕飯の準備始めるし。 つらつらと考えながらおぼんを用意する。カップを三つ乗せリビングに戻った。 シキはソファに座り少しぐったりと瞼を閉じている。疲れているのだろうか。行く前はそんな様子なかったけれど。 ヤエは隣で物珍しそうに周りを見回していた。両手をきちんと膝の上に置き、お行儀よくというかおとなしくというか借りてきた猫のよう。こちらに気づくと顔を輝かせた。 「あ、ありがとう」 「どうぞ。シキも」 「ああ。ありがとな」 ヤエの声でシキが瞼を開く。わずかに笑みを浮かべたが、どこか弱々しい。 「シキ、疲れてる?」 「あ?……あー」 ローテーブルの横に腰を下ろし、訊ねてみる。シキは少し考えるそぶりを見せ、こいつとヤエを指した。ヤエはちょうど、ソファからすとんと床に降りていた。 「来る途中、無駄にテンション高かったからな」 「えー?だって仕方ないじゃん。すっごく楽しみにしてたんだから」 そんなになのだろうかと首をかしげると、気づいたヤエがだってと言葉を続ける。 「他人の家って何か楽しいよ。独特の雰囲気とか匂いがあって。あまり他人の家訪ねる機会ないからなおさら」 「よく言う。悟やトメんとこ入り浸ってるじゃねぇか」 「それは数少ない行ける家だからね。何度だって行くよ。本当は、もっと色んな人の家行ってみたいんだから」 そういうものなのだろうか。 「椿は?他人の家って面白いと思わない?」 「オレ?………面白いとは思うけど、ちょっと苦手かな」 「えー?何で?」 「何でだろう………慣れてないからかな?慣れれば、まぁ、平気だし」 他人の家に行く機会はわりとあるけど、慣れるまでの回数はバラツキがある。場所、というより相手にどれだけ心を許せてるか、なのかもしれない。 慣れない相手の家だと、少し、怖くさえある。 ぼんやりと考えながら、そっと手首を擦った。 「シキはー?」 「わざわざ他人のテリトリー入る気なんねぇよ」 「悟んとこ結構来てるくせに」 「あれは………」 聞こえてきた会話にふと我にかえる。 言いかけ、シキは眉を寄せていた。答えようとして、自分でもよくわかっていなかったみたいだ。 「………ほぼ公共の場だろ」 「えー?」 「シャーウッドと似たようなもんじゃねぇか」 それは、どうなんだろうか。いや、まぁ若干溜まり場みたいになっているらしいけれど。シャーウッドは、シキにしてみれば身内の家だし、そういう感覚になるのだろうか。 「何かちがくない?」 「違わねぇだろ。お前やサエだってしょっちゅう入り浸ってるじゃねぇか」 「オレは悟の愛人だし。食事作りに行ってるから。サエはほら、一応悟のかれ……恋人だし」 今、きっと彼氏って言おうとした。ヤエの中ではまだ男としてのイメージが強いのか。 「………一応なのか?」 「だって。恋人って言うより猫と鼠みたいだし」 「あー…」 あぁ。納得しちゃったよ。まぁ、わかるけど。 苦笑しつつ話を聞いてると、不意にヤエがあっと声を出し、おもむろに挙手をした。シキは驚いてるけど、オレはその行動の意味がわかったのではいどうぞと先を促す。 「蛇に睨まれた蛙」 「うん。他にもあるよ」 「え?………えーと……」 「鳥類で」 「………鳥類?鳥?」 「………鷹の前の雀だろ」 意味がわからないといった様子で、シキが答えてしまった。 「何で言っちゃうのさ!」 「何でって……何やってんだよ」 「勉強だよ」 ますますわからないと、シキが顔をしかめる。 「ヤエ。因みに蛇と蛙にもう一匹増えると三竦みになるんだけど、それはわかる?」 「三竦み?」 「じゃんけんのグー、チョキ、パーと同じ。だからこの場合は蛇に強くて蛙に弱い生き物」 「そんなのいるの?」 「ナメクジ」 さらっと、シキが答えた。 ここまでくると確信犯だ。ショックで目を見開くヤエを見て、楽しそうに笑いを堪えている。 「シキ!?」 「んだよ」 「ヤエ。他にも三竦みになる組み合わせあるから、そっちを」 「狐、猟師、庄屋」 「っ!?椿っ、シキが邪魔する!」 あぁ、シキの肩が振るえている。 邪魔をするのは確かにいただけない。けど、普段の様子を思い返す限り、軽い仕返し的な意味合いが強いんじゃないかと思ってしまう。 ヤエと話してる時のシキは、苦々しい表情してる事が多いし。 「………シキ、あまりからかうと、余計賑やかになるよ」 肩を竦めてそっぽを向いてしまった。だから、どうしてそう時々悪戯した子供みたいになるのか。 ふぅと息をついてから、ヤエに視線を戻す。 「ヤエ。他にもあるから」 「わかった」 一瞬だけ、ちらりとシキがこちらを見た気がした。向いた時には、そ知らぬ顔でコーヒーを飲んでいたから、気のせいかもしれないけれど。 <> [戻る] |