指切り 「……椿?」 「……んー?」 並んで歩く椿に声をかける。返事はあるものの、心ここにあらずの状態で。どこか他所に意識が向いていた。 ヤエにペースを乱された。平素ならそんなことはないのに、椿の話題を出されるとどうもいけない。外の冷たい空気にあたり、一息ついてようやく元に戻る。 そうして気づいたのは小さな違和感。 どこか様子がおかしい。先程までは、楽しそうにしてたというのに。館内で何かあったのか。それとも。 「さっきの」 「ん?」 「ヤエ。お前が一人で飯は寂しいんじゃないかって出た話だからな」 言い訳じみて聞こえるのは、気のせいだろうか。 「そうなの?」 「ああ。だから…好きにすればいい」 「好きに?」 「断るのも、一緒に食うのも……食いに行くのも」 チラリと横を伺う。椿が不思議そうに見上げてきていた。 「何か、さっき、ほぼ確定してるように聞こえたけど…」 「いや。どうせなら来ればいいつったら食いつかれただけだ。決定権はお前にある」 「……でも…前に家に上げるなって言ってなかったっけ?」 言ったかもしれない。言ってておかしくはない。 人が訪ねてくることは歓迎しない。今も、それは変わらない。けれど、椿がヤエと他所に、それも二人きりと考えれば、まだましだ。それを、言えるわけなどないが。 「……………どっちがましかってだけだ」 「まし?」 「それに………」 言いかけて、躊躇う。言おうか言うまいか。チラリと盗み見れば、椿はこちらをじっと見ていた。 これくらいなら、言ってしまっても問題ないだろうか。 「……帰った時いないのは、物足りない」 視線を合わせてられなくて、真っ直ぐ前を睨み付けるように告げる。どんな反応か確認できない。 大丈夫。これくらいなら。大したことはない。軽く流してくれればいい。 「……そんな、遅くなること、ないんじゃ」 「ヤエは自分所に泊めようとしてたぞ」 「……何で?」 「夜道は危ないつってたな」 「危ないって……」 呆れたような、困惑したような物言いに、小さく笑う。変には思われなかったようだ。よかった。 まぁ、それが当然なのだろう。 「……で?どうするんだ?」 「……………本当に、ヤエに来てもらうんでもいいの?」 「ああ」 「じゃあ、そうしてもらおうかな。そうすれば、シキが帰ってくる時いられるし」 一瞬、隣に視線を向ける。ひっそりと、笑んでいた。 「シキ、遅くなるって言っておきながら、早く帰ってくる時あるから」 「そんなこと、ねぇだろ」 「そんなこと、あるよ」 椿にあわせて歩みを進める。家路ではない。どこに、向かっているのだろうか。はっきりとした意思を持って、歩いている。 「……大体、オレがってだけだから、気にする必要ない」 物足りないという言葉を受けての答えなら嬉しいけれど、気にせず好きなようにすればいい。行動を、制限したいわけじゃない。 椿がゆっくりと頭を振る。 「……オレも、いたいし」 前から親子連れが歩いてくる。ふいに、子供がしゃがみこみ、もう歩きたくないと駄々をこねる。母親は、どうにかして立たせようとして。のどかな、風景。 「……そうか」 「うん」 感情が、遅れてやってくる。じわじわと込み上げてくるそれに、隣を見れなくなる。それでも、今どんな表情をしているのか確認したくて。 チラリと、盗み見る。 どこか、遠くを見ていた。 今、隣にいるのはオレで、話をしているのもオレなのに。その眼はこちらを向いていない。 仕方のないこととはいえ、自分ばかりが一喜一憂しているのは、面白くない。 ゆっくりと唇を湿らす。口を、開いた。 「……………どうした?」 「ん?」 スーパーの自動ドアをくぐる。 「……………さっきから、様子がおかしいじゃねぇか」 「……そう、かな?」 椿がカゴを手にとる。それに手をのばせば、やんわりと首を横に振られた。行き場をなくした手を、もてあます。 「……………そうだろ」 憮然と告げれば、椿は微苦笑を浮かべた。 「……大したことじゃ、ないよ」 それでも、その心を占める事柄なら、知りたい。 視線のみで先を促せば、戸惑いがちに唇が開く。 「ただ、ちょっと、羨ましいなって、思っただけで」 「羨ましい?」 「うん」 言っても仕方がないと、諦めがちに苦笑する椿はこれ以上の説明をする気がないようで。 何か、そう思わせるようなことがあっただろうかと、記憶を辿る。 「……飲み会か?」 ジャガイモにのばしかけていた手が、止まる。こちらを見上げた椿が、数度瞬いた。すぐに視線は戻り、ジャガイモの入った袋をカゴに入れる。 「……まぁ、そんなとこ」 「なら、行きゃあ良いじゃねぇか」 「……………オレ、まだ未成年なんだけど」 呆れたような視線を向けられる。くっと、笑い飛ばした。 努めて、何てことない風を装って。 「お前が二十歳になったら」 椿が、足を止め、見上げてくる。 「連れてってやるよ」 そうしてまた、迎えられるかもわからない未来の約束を一つ。 椿が口を開きかけ、閉じる。ふっと視線をそらして歩き始める。それにあわせて、歩を進めた。 「……シキと、二人で?」 二人。 「……ああ」 「本当に?」 「ああ」 頑なにこちらを見ないが、それでもその姿は喜びに溢れていて。自分の言葉で喜んでいると思うと、どうしようもないほどに満ち足りる。 「……どうせなら、指切りでもしとくか?」 椿の足が止まりかけ、どうにか止まる。こちらを向く素振りを見せたが、視線を伏せたままなので、目があうことはなかった。 「……したい」 「なら、帰ったらな」 「うん」 気づかれぬよう、息を吐く。 これでまた、触れることができる。 <> [戻る] |