お悩み相談室6
師が走る季節、巫女さんは師と呼べる人物と出かけていた。年の離れた友人である彼女に、チケットがあるからとカラクリ人形の展示会に誘われたのである。
最終日を翌日に控えた静かな会場を、並んで歩く。時折、言葉を交わしながら進んでいった。
ふと巫女さんが気づくと、友人が展示物ではない方を向き、難しい顔をしていた。
「………どうしました?」
「……いえ、何でも…」
ないと言おうとし、彼女は考えるそぶりを見せる。そして少しだけ困ったように笑んだ。
「後ででいい?」
「はい」
答え、巫女さんは彼女が見ていた方向をチラリと確認する。客と、その奥に展示物が見えるだけで、特におかしな物は見当たらない。
後で話してくれると言ってくれたのだから、今はあまり気にしない方がいい。再び目の前の人形に意識を戻し、何事もなかったかのように足を進めていく。
一通り見終わり、特に何か購入する予定はないがせっかくだからと売店に立ち寄った。そこで巫女さんは覚えのある姿を見つける。
知人の友人と、その同居人だ。
あらまぁと軽く驚き、暫し眺める。それからゆっくり顔をそらして額を押さえた。頭が、痛い。
何やら二人の周りの空気がおかしなことになっていた。何がというわけではないが、何かおかしい。ただ、こう、向き合っているだけなのだが。だけなのだが何かが違う。
いやいやきっと気のせいだ。そう思いたくて一度息を吐き、巫女さんは再び視線を向ける。
一人増えていた。
よかったと、巫女さんは安堵した。とても第三者が声をかけられないような雰囲気に見えたけれど、気のせいだったかと。きっと変なフィルターがかかっていたのだろう。
「どうかしたの?」
「あ、いえ…たいしたことでは」
「そう?」
首をかしげた彼女に少しだけ考え、巫女さんは口を開く。
「後で、いいですか?」
先程のやり取りを真似して問えば、彼女はそれと気づきくすりと笑った。
「なら、そろそろ移動しましょうか」
「はい」
喫茶店へと移動し腰を下ろすと、まずは彼女が話し出す。ちょっと気になっただけで、本当にたいしたことじゃないけれどと前置きして。
「雰囲気の似てる子がいたの」
「誰にですか?」
「ウチの人の血筋」
巫女さんが首をかしげる。
「そんなに似てたんですか?」
「ええ。特に以前見せてもらった義母の若い頃に」
「他人の空似か、遠縁では?」
「そうならいいのだけど……」
言いながら、彼女は微苦笑を浮かべる。コーヒーを、一口飲んだ。
「ウチの人の弟がねぇ。その関係だったらどうしましょうかと」
彼女の義弟は数人いる。その内、動向を把握できない状態にあるのは一人。なので、今言っているのがそれなのだとわかる。
昔、突然子供を連れてきたことがあると巫女さんは聞いていた。他にも子供がいたのではと危惧しているのだろう。いて、悪いわけではないけれど。
「どうしようもありませんよ」
「そうね。わかってはいるのだけれど、気になってしまって」
その気持ちは巫女さんにもよくわかる。気にしても仕方がない、関係ないことでも、気になってしまうことがある。巫女さんが後で話すと言った内容も同じだった。
コーヒーを飲み、それでそっちはと話を向けられ、今度は巫女さんが話す。自分には関係のことなのだけれどと前置きをして。
「知人の友人が偶々来ていて。それで少し驚いていたんです」
「それだけ?」
見透かしているような、意地の悪い笑みを彼女が浮かべる。巫女さんはにっこりと返す。
「それだけ、ですよ?」
「そう?」
「ええ」
今日起きたことと言えばそれだけだ。ただそれに付随して色々と思うことがあるだけで。
そちらに関しては話したくないというよりも、気にしたくないという方が正しい。この場で話してしまえば気にしていると認めてしまうようなもの。だからなんでもない、ということにしてしまう。
まぁ、いいわと彼女が話を打ち切った。
「まったく。一体誰に似たのかしらね」
「それを言うんですか?」
あなたがと巫女さんが指摘すれば、彼女はクスクスと楽しそうに笑う。
その後は展示会の感想や他愛のない話を軽くした。そして、そろそろとなったころ、そう言えばと思い出したように彼女が告げる。
「気にしないようにしてる時点で、もう気にしてるようなものよ」
「………わかってはいるんですけどね。悪あがきです」
「そう?」
「それに、本当に私には関係のないことなので」
「気にしてる時点で、関係できてるんじゃない?」
「だから、気にしたくないんです」
巫女さんの言葉に、彼女は肩を竦める。
「と言いますか、何でもお見通しですね」
「まさか」
カラカラと彼女が笑う。
それが月の始めの話。そして月の終わりごろ、巫女さんは再び頭痛そうにおさえていた。今度は一人きりで。神社の近くのスーパーで。
また、件の二人の姿を見つけてしまったのだ。
しかも以前とは違い本当に二人きりのようで、仲良く買い物をしていた。知人の友人が買い物カゴを持ち、同居人がそこに商品を入れていく。時折、言葉を交わしながら。
別段、おかしな事ではない。前のような変な雰囲気を醸し出しているわけでなし。忘年会の買い出しに来てるとおぼしき男子グループだっている。何も、変なわけではない。
変な、わけではないのだけれど。
なぜか巫女さんの頭は痛くなる。思い出すのは先月に押し掛けてきた男のこと。それの不機嫌の理由の一つは、今目の前にいる二人だった。
話に聞いて、関係は良好なのだろうと思っていた。いたけれど。
一緒に出かけたり、買い物に来たり。しかもカゴの中身を見ればお節の準備なのだとわかる。年末年始を共に過ごす気なのか。里帰りはしないのか。
知人の友人は、前回の正月帰らなかったと巫女さんは聞いている。ならば今年もそうなのだろう。だが、同居人。そっちも帰らない気なのか。
これを知人が知ったらどんな反応をするものか。知りたくなどない。
大丈夫。知人の元には昨年末から自称愛人が押し掛けていた。今年もそうだろう。気は、紛れるはず。
ただ、もし次知人が押し掛けてきたら。
そしたら、問答無用で無視しよう。巫女さんは、そう、固く心に決めた。
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