お悩み相談室5
十一月の終わり頃。寒い寒い朝に、巫女さんはうんざりしていた。寒さにではない。目の前にいる男に対してだ。
場所は例のごとく神社の境内。掃き掃除をしようと竹箒を手にした巫女さんの前に、ふらりと男が姿を表した。しかもぶすくれて。うっとうしいったりゃありゃしない。
機嫌が良くてもうっとうしいことに変わりはないが。
黙って男の言葉を待つが、何も口にしない。ただ不機嫌な顔を見せるだけ。ただただ、時間が過ぎていくだけ。寒い中、無駄な時間を過ごしたくないと諦め、巫女さんが口を開く。
「……………何よ」
「何がだ」
「何か用?」
「何も。ただの気晴らしの散歩だ」
嘘をおっしゃい。
何もなくてここに来るわけがない。けれど巫女さんはそれを指摘しない。関わりたくないからだ。何もないと言うならば、そういうことにしておこう。
「……………あぁ、そう。じゃあ」
「ああ」
短く別れの挨拶をし、巫女さんは男に背を向ける。掃除する場所は何もここからでなくともよい。近くにいたら目障りだから、奥から始めよう。
そう考え、歩みを進める。
男も歩みを進めた。巫女さんと同じ方向に。
「……………」
「……………」
巫女さんの後を、男はついていく。
巫女さんが足を止めると、男も足を止める。
「…………………………何よ」
「……………たまたま、進行方向が同じだけだ」
その言い訳はかなり苦しい。
ならばと巫女さんは一歩横にずれる。お先にどうぞと手で示せば、男は顔をしかめた。一歩も動きはしない。
あぁ、面倒くさいと巫女さんは息を吐く。それからがしがしと頭を掻いた。
大方、何か面白くないことがあったのだろう。そして自分で何がどうとわかっておらず、感情をもて余しているのだろう。
あぁ、本当に面倒くさい。
「……そう言えば、五月女さんのところそろそろよね」
「ああ。先日生まれた」
「そうなの?おめでとう」
「オレに言うな」
「いいじゃない。伝えといてよ」
「……………」
適当に、無難な話題をと選んだのは、男の友人の話。そろそろ子供が生まれてるはずと話をふれば、返ってきたのはおめでたい報告。
素直に祝辞を述べれると、男は顔をしかめる。その様に呆れながらも、巫女さんは言葉を続けた。
「性別は?」
「男だそうだ」
「名前はもう?」
「ああ。ただ父親が帰るのを待って届け出ると。………予定日より、早く生まれた」
「そう」
予定日は、男の別の友人の誕生日と同じ日だった。それが早まったと言うなら、別の日になったということだ。予定日がわかったとき、微妙な空気になったと言うのだから、よかったのだろう。
よかった。よかった。
巫女さんは微笑む。この度父親になった人物には、少々好感を持っている。気苦労が減ったとなれば、それは巫女さんにとって喜ばしいことだった。
「………ヤエが、立ち合った」
「へぇ?」
「本人は仕事中だった」
「……………」
「翌日から休みを入れてたらしいんだがな。そのせいか、ヤエが実の子のように喜んでいる」
「………まぁ、いいんじゃない?子供との触れあいは情操教育にもいいし」
「お前はアレを何だと思ってる?」
より顔をしかめた男に対して、巫女さんは肩を竦める。間違ったことは言っていない自信がある。
「………で?八重垣君が五月女さんの子構ってばっかりで寂しいの?」
「何でそうなる」
「だって、愛人なのでしょう?」
「違う!」
いつだったかに聞いた話を蒸し返せば、男は面白いぐらいに反応した。巫女さんはカラカラと笑う。
「隠す必要ないじゃない。彼女公認なんだから」
「だから違うと言っている。……………お前、アレが女に見えるか?」
「は?」
何かを思い出したように、男が突然真面目な表情を作った。思わず巫女さんは間の抜けた声を出してしまう。
見えるも何も、自分は彼が男だとすでに知っている。確かに、よく見れば女顔かもしれないが、まぁ、間違えることはない。
「何よ、それ」
「いや………先日、アレを女と間違えた奴がいて」
「まぁ」
なかなか愉快な人がいたものだ。
「しかも、どうやらサキちゃんのことは男だと思ったようだ」
「………くっ」
バッと、勢いよく巫女さんが顔を背ける。その肩は揺れているので、笑いを堪えようとしているのがよくわかった。
「あんた、もう、諦めて八重垣君と付き合ったらどう?」
「何でそうなる。第一、オレにはサキちゃんがいる」
「だって、八重垣君となら並んでても違和感ないんでしょう?女に見えたってなら」
「どこが女に見えるんだ!そもそも見た目じゃなくて中身が大事だ!」
「中身だって、今はなかなか献身的じゃない」
話に聞く限りは。
「この間、すごく優しそうって話してる子達がいたわよ?」
「それは外面だ。それに今のは性別的な意味だ」
それはわかっている。
「と言うか、どんな状況だったわけ?女装してたとか?」
「いいや、まったく。………料理はヤエがしてたが、フリルのエプロンをしてたわけじゃない。椿も手伝っていたし」
「椿?」
聞きなれない名に、巫女さんは首をかしげた。男が嫌そうな表情になる。
「……………シキの、同居人だ」
「同居人」
「ああ」
それはもしかしなくとも、以前男の友人が言っていた人物だろう。まだいるのか。そして同居ということは、正式に住み着いているのか。
と言うか、それは一体どういう状況なのか。
男と、男の恋人と自称愛人。そして友人の同居人。どういう関係かは知らないが間違えた人物。これらが一堂に会してたとでも言うのか。
その事を訊ねれば、他二名もいたとの返答。
「元々、三人で食事をという予定だったんだ。そこにサキちゃんとヤエが便乗して。どうせならと椿にも声がかけられ、当日シキが親戚の子をつれてきた」
おおよそは理解できた。
年下の友人が同居人とうまくいっていている。同い年の友人は子供が生まれた。そして愛人を自称している人物は、その子に興味津々。何となく、疎外感を覚えて寂しいのだろう。ふてくされているのだろう。
無意識に。
指摘してもいいのだが、どうせ否定が返ってくるだけ。自覚がないのだから当たり前だ。説明するのは手間だし、その手間にあった何かがあるわけでもなし。何より、どう言ったところで納得するわけがない。
だから巫女さんは流すことにした。
恋人はどうなのだろうか。やけに自称愛人と仲のよい印象なのだが。もしそうなら、それも不機嫌の要因の一つかも知れない。
巫女さんはそう判断し、これまた流すことにした。
当の恋人にしてみれば、自称愛人との方が付き合い長いのだから仲良くて当たり前と笑い飛ばすとこだが、それは巫女さんの知らない話である。
「……………賑やかそうでいいわね」
「本当にそう思うのか?」
巫女さんは軽く肩を竦める。
いいも悪いも、自分には関係のないことだ。はっきり言って、どうでもいい。こうして、わけもわからず押し掛けられるのは迷惑だが………それでも、積極的にどうこうするほどではない。
まぁ、まだ大丈夫だろう。何となく、不安要素がある気はするが。
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