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お悩み相談室4




 神無月と言えど巫女さんの遣える神社には関係のないこと。何故ならここは、祀られることを厭うた神のための神社だからだ。

 だから代わりにというわけではないが、その日神社を離れていたのは巫女さんだった。常に神社にいるわけではない。巫女さんは巫女だけれども、華の女子大生でもある。

 ファストフードの店でハンバーガーにかぶりつく。珍しいことではない。友人とダベりに来たり、たまにこうして一人で食事をしに来たりすることはある。

 すぐ後ろの席に女子中学生だか女子高生だかのグループがやって来た。これも、珍しいことではない。よく利用する年代だし、席数は限られている。

 ただ、その会話に知っている名が上がったのは、珍しいことだった。

「文化祭に樹が来ていた」

 重々しく告げられた台詞に、巫女さんはおやと耳を澄ませる。

「え?マジで?」
「マジ、マジ。私も見た」
「樹?誰それ」
「何で知らないのー?モデルの樹。かっこいいんだから!」

 樹。

 その名に巫女さんは聞き覚えがあった。姿も思い浮かぶ。確かその名の人物は、知人の愛人を名乗っていたはずだ。

「受付で。目の前にいたんだー。笑いかけられちゃった」
「何か一城先輩と一緒にいたんだけど」
「一城先輩?それなら見た。あれがそうか」
「え?一城先輩来てたの?見たかった」

 その名前は知らないなと、巫女さんはコーヒーを一口飲んだ。

「てか、一城先輩、樹と知り合いなの?」
「みたい。一緒に回ってたよ」
「モデル仲間とか?」
「モデルじゃないっしょ」
「でもなくはないじゃん。あんだけ綺麗なんだし」
「二学期なってから学校来てないのもその関係で、とか?」

 彼の交遊関係は広そうに見えて狭い。だからモデル仲間という考えはあながち間違っていないのではないか。

 ただまぁ、モデル仲間で一緒に出掛けるくらい親しい人がいるかとなると甚だ疑問だが。

 などと大変失礼なことを考えながら、巫女さんはハンバーガーを咀嚼する。

「あれ?やめたんじゃなかったっけ?」
「休学中って聞いたけど」
「休学?何で?」
「さぁ?」
「てか生きてたんだ」
「何それ」
「だって、生命線薄そうじゃん」
「あぁ、薄幸?美人薄命?」
「そうそれ」

 喋るしゃべる。はたしてテーブルの上に並べられた物を食べる暇があるのかと疑問になるほど、口が動く。

 それでもテーブルの上のポテトは着実に減っていく。ハンバーガーも小さくなっていく。そのスキルは素晴らしい。

「七里塚先輩以外といるの初めて見た」
「しかも樹?」
「そーもうビックリ!」
「ちょっと聞いてよ。私、一城先輩と目が合ったんだけどさ。その時、こう、唇に人指し指あてて、しぃーって。メッチャ色っぽかった」
「さすが孤高の白百合」
「何騒いでたのさ」
「騒いでないって。大声出しそうになったの止められたんだもん」

 学校のマドンナのような存在かと、巫女さんは結論づけた。彼にそんな知りたいがいたとは。

 二学期、夏休み明けから通ってないというところに、何やら引っ掛かるものがあったがスルーする。たまたま耳にした会話を、変に気にしても仕方がない。

「一城先輩と樹か…………付き合ってるとか?」
「もーやめなよそういうの」
「だって、その手の噂あったじゃん。前に」
「あったけどさぁ。そーゆーのきらーい」
「まぁまぁ」
「並んでる姿は確かに眼福だったけどさ」
「大体、樹のお嫁さんは私がなるの!」
「はぁっ!?」

 目立つ人には何かと噂が付きまとう。良くも悪くも。巫女さんはそれをよくよく知っていた。

 何故なら巫女さんの高校時代にも、色々噂されている人物がいたのだ。男子高生だったその人物は、やれ女子大生と付き合ってるだの、人妻と関係したのだと言われていた。

 本人の耳に入ってるのかは知らないが。どこ吹く風でひたすら絵を描いていたが。

「そんなに樹の事好きだった?」
「実物見て惚れた。もうメッチャかっこいい!優しそう!爽やか!お嫁さんなりたい!」
「あははっ頑張れ」
「頑張る!あーもー何で握手してもらわなかったんだろー」
「んなこと言ってー。使ったペンパクるなよ」
「ニホンゴワカリマセーン」
「おいこら、ぬすっと」
「自前の代わりに入れといたもん。記念だもん。いいじゃん!少しぐらい!」
「逆ギレすんな」

 優しそうだとか、爽やかだとか。そう見られてるということは、努力の甲斐があったということだろう。よかった、よかったと他人事ながら心内で頷く。

 そうして、紙を丸め、コーヒーを飲みほし、トレイを手に立ち上がる。

 なかなか興味深い会話ではあるが、知った名があるのは若干気まずい。盗み聞きも奨励できない。何より、巫女さんはこの後の予定があった。

 いつ終わるとも知れない会話を、最後まで聞いている暇はないのだ。

 さて。お嫁さんになりたいと叫ばれていた彼が巫女さんの神社に姿を表したのは、それから幾日もしない日の事だった。

 興味深そうに見回している彼は、そう言えばここに来るのは初めて。知ってはいるけれど直接の知り合いではないので、巫女さんはその姿を確認しただけで己の作業に戻った。

「すみませーん」
「はーい」
「お守り一つくださーい」
「はーい。ただいま」

 呼ばれ、早足で売店に向かう。

「すみません。お待たせしました」
「これ、お願いします」

 渡されたのはお守り一つと小銭。

「はい。ちょうどですね。袋に入れますか?」
「そのままでいいです」
「ありがとうございます」

 お守りとレシートを渡しても、彼は立ち去る気配を見せずにこやかに佇んでいた。内心、首をかしげながらも、巫女さんは笑顔を返す。

「知り合いに、ここのお守りは効果あるって聞いて」
「ありがとうございます」

 あれがここの話を他人にするとは思えない。ならば紹介したのはもう一人の方。今度会った時に何か礼をしようと、巫女さんはもうじき父親になる人物を思い浮かべた。

 本当に、人がいい。

「…………アルバイトですか?あ、ナンパじゃないですよ。ちょっと、気になって」

 首をかしげてしまったせいで、不審がられたと思ったようだ。慌てた感じに苦笑しつつ、巫女さんは答える。

 家業ではある。けれどアルバイトかと聞かれれば、

「アルバイトですね。本業は学生です」
「大学生ですか?」
「はい」

 彼が購入したのは、学業のお守り。大学はおろか、高校も卒業してない彼がそれを購入したということは、つまりそういうことなのだろう。

 先日、高校の文化祭に訪れたという。色々と思うところがあったに違いない。

 わずかに顔を輝かせる姿を微笑ましく感じ、巫女さんは笑みを深めた。

「どんなんですか?」
「そうですね。有意義に過ごさせてもらってます」
「へぇー」
「人にもよると思いますが、私は充実してます」

 わぁと輝いていた表情が、次第に何かに耐えるような痛ましいものに変化していく。それに、巫女さんは苦笑した。

「まぁ、目的がはっきりしてるならショートカットするのもいいですね。学業にしろ、仕事にしろ、何かしらに打ち込む姿は素敵だと思いますし」
「そう…ですよね」

 ありがとうございました。勉強頑張ってくださいと去っていく姿を巫女さんは笑顔で見送る。

 あんな弟ならば、かわいかったかもしれないと巫女さんは思った。過去を知ってるだけに、可愛いげだけじゃないと知ってるが。





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あきゅろす。
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