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作文(七里塚光太)




「ぼくの、わたしの家族」

 三年二組 七里づか光太



 ぼくには兄が二人います。

 一番上の兄は大学生で、毎日ごはんを作ったり、せんたくしています。お休みの日にはおそうじもしています。遠足の時にはお弁当も作ります。

 一番上の兄の作るごはんはとてもおいしいです。とくに、ハンバーグとオムライスはとてもおいしいです。オムライスにはいつもいろんな絵がかいてあります。文字がかいてあることもあります。特別な日には、ハタがつきます。

 大学生なので勉強ができます。大学の勉強をして、家の仕事もして、とてもいそがしいのに、宿題でわからないところがあったらとても分かりやすく教えてくれます。

 やさしくてなんでもできるじまんの兄です。でもおこるとすごくこわいです。

 もう一人の兄は、高校生です。高校生の兄も家の仕事をします。でも部活に入っているので休みの日です。

 一番上の兄ほどわかりやすくはないけど、勉強も教えてくれます。一緒にあそんでもくれます。

 いつもおそいのに、時々ぼくよりはやく帰ってきてることがあります。そんな時は一番上の兄にヒミツでおかしを買ってくれたり、いつもよりたくさん遊んでくれたりします。

 いろんな遊びを教えてくれます。ワリバシとかでおもちゃを作ることもできます。すごい兄です。

 二人とも、家の仕事をします。だからぼくもお手伝いをします。

 お父さんもお母さんもいないけど、大好きな兄が二人もいるので、さみしくないです。

 おわり

――――――――――


 ただいまーと忍が帰宅すると、左京がリビングで頭を抱え項垂れていた。あまりにも思い詰めた様子に、ぎょっとする。

「……左京?どした?」
「……………え?……あぁ、忍か。おかえり」

 上げられた表情はひどく虚ろで。一体何事かと怖さ半分、好奇心半分で忍は近づいた。

「あーっと、どうだった?授業参観」

 この日は二人の年の離れた末弟の授業参観日。忙しい両親に代わり、左京が保護者代理として参観することになっていた。

 何かあったとしたらそこでだろう。当たりをつけて忍が問えば、案の定。左京は肯定の意を示した。

「うん……うん。それでちょっと」

 とりあえずこれを読んでみてくれと渡されたのは、先程から左京の前に広げられていた作文用紙。眉をひそめながらも、忍は言われた通りに目を通す。

「んだよ。随分べた褒め……」

 連ねられた兄自慢の言葉の羅列に、何が問題なのだと首をかしげたが最後の一文で絶句した。

「……いないって」
「それ、国語の時間に音読して。担任の先生、すごく気まずそうにしてた」
「そりゃあ……なぁ」

 もうどれ程違うんですと叫んでしまいたかったことか。

 そう言って、左京は顔を覆った。そんな左京に、忍は憐れみの眼差しを向ける。

「まさか光太の中で両親がいないことになってるなんて」
「まぁ、いないっちゃいないんだが……せめて仕事で忙しくての一文があればなぁ。これは誤解される」
「終わってから担任に呼び出されて、事情を訊かれたよ。説明して、納得はしてもらえた」

 ただまぁ、それでも現状に大差があるわけではない。何かあったらすぐに相談してくれと、担任にひどく念をおされた。

「それ、二人にはとてもじゃないけど見せられない」
「え?むしろコピーとって送りつけようぜ」
「ダメだって。よしな」

 えー、と言いながらも、本気でやろうとしているわけではない。それは左京のように両親をおもんばかりではなく、むしろ帰ってきた時に見せた方が反応見れて面白そうだという理由なのだが。

「それにしても、小学校の作文のテーマってかわんねぇなぁ」
「……忍も書いた?」
「ああ。一二年辺りかな?やっぱ授業参観で。帰ってから母ちゃんに拳骨くらった」
「へぇ」
「左京は?」
「覚えてないなぁ」

 思い出そうと記憶を辿るものの、出てこないと左京は首を横にふる。

 最初の衝撃はすでに薄れ、忍は興味深く作文を眺めた。とりあえず、左京には渡さず自分で直接光太に返そうと心に決めながら。

「光太に説明は?」
「したよ。わかってはいるみたいだった」
「それでこの文章かよ。オレが今の光太ぐれぇん時はもっと回り見えてたぞ」
「あぁ…ちょうどそれぐらいの時か。……………うん。ごめん」
「あー、はい。どーも」

 唐突な左京の謝罪を、忍は適当に流す。

 どうもその頃の話題になるとナーバスになっていけない。いちいち相手にするのは面倒なのだ。

「他の授業はどうだった?」
「積極的に手をあげてたよ。体育でも活躍してたし」
「そりゃよかった」

 んじゃ、と忍はリビングを後にしようとした。作文を手にしたまま。そんな忍に左京は声をかけ、引き止める。

「もう一つ、気になったことがあるんだ」
「んー?」

 気軽に返事をして、忍はすぐに後悔する。

「‘高校生の兄’が時々‘小学生のぼく’より早く帰ってるって、どういう事だと思う?」

 ギクリと、忍の身体がこわばる。

「……………あー……っと、アレじゃねぇか?試験期間とか」
「うん。‘一番上の兄’にヒミツでお菓子を買ったりいつもよりたくさん遊んだりって、どう考えても口止めだよね」

 あんのバカ野郎っ!と忍は心の中で盛大に叫び声をあげた。

 気づかれる前にと思っていたのに、最初から気づいていた模様。心持ち、室内の温度が下がった気がする。プレッシャーを感じ、左京の方を見ることができない。

「か、考えすぎじゃねぇか?」
「そうかな?少しじっくり話し合ってみようか」
「いや……その、ちょっと」
「忍」

 あくまでも穏やかな口調。それなのに蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

「ちょっとそこに座ろうか」
「……………はい」

 笑顔に恐怖しか感じられないなんて。





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