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お悩み相談室3




 九月のある日、ある小さな神社で、ある巫女さんは今時めずらしくもお百度参りをする少年を目撃した。

 否。正確にはお百度参りではない。お参りして、帰りかけてやっぱりともう一度参る。帰りかけ、もう一度とそれを何度も繰り返す。

 後から後から願いが出てくるという風ではなく、不安で仕方がないといった様子だ。ちょうど人気の途絶えた時間帯。巫女さんは売店の中から興味深げにその姿を眺めていた。

 一人の少年による鈴の音が、何度も響き渡る。

 ようやく気が済んだのか、それでもまだどこか名残惜しげに少年が売店に近づいてきた。わずかに気を抜いていた巫女さんは、背筋を正す。

 少年は、やけに必死にお守りを吟味し出す。とてもとても難しい顔して選んでいるものだから、巫女さんは思わず口を開いていた。

「何かお探しですか?」
「っ?………えっと、その」

 集中しすぎているところに声をかけたせいか、少年の肩が一瞬びくりとゆれる。驚かせてしまったかと思いつつ、そんなことはおくびにも出さず巫女さんはにこやかな笑みを浮かべていた。

「さ、探し人が見つかるお守り?って、ありますか?」
「探し人…ですか?」

 コクコク頷く少年を前に、巫女さんはわずかに首をかしげる。それからざっと台の上を見回した。

「こちらとか……ですかね」
「……縁結び」
「人と人との縁を結びますので、きっと巡り合うことができますよ」

 少年の眉尻が、困ったように下がる。

「縁自体は…あると思うんです」

 首をかしげた巫女さんに、少年は言いづらそうに続けた。

「その…従兄なんですけど、えっと、旅行に出かけていて、早く戻ってくるように?」

 なぜ疑問系なのか。

 しかもそれならば探し人という言い方はおかしいだろうに。何か他人には言いづらいことがあるのだろう。今の言葉を額面通り受けとることはできない。

 かと言って、訊ねたりするわけではないのだが。

「旅行……ということならこちらですね」

 そう言って薦めたのは旅行の安全を祈願するもの。本来は旅行者が持つべき物だが、待つ人が持っていても問題はない。

 その旨を説明しても、少年はじっとお守りを見つめたまま難しい顔をしている。その様子に巫女さんは、気づかれぬよう苦笑した。

「後はこちらとか……」
「え?」

 戸惑いをみせる少年に、巫女さんは綺麗な笑みを浮かべてみせる。

「その従兄の方が無事帰られるのが幸せだというなら、きっと叶いますよ」
「あっ」

 巫女さんが手にとったのは、持ち主に福を呼ぶお守り。

 探し人が見つかるのが少年にとっての福ならばきっと見つかり、従兄が無事帰るのが幸せならきっと無事に帰ってくるだろう。

 ここのお守りご利益は折り紙つきなのだ。どんな内容であろうと、良かったと思える結果になるはず。

 しばらくお守りを見比べた少年は、最終的に福を呼ぶお守りを購入していった。

 その後ろ姿を見送りながら、従兄とは旅行中に行方不明にでもなったのだろうかとか巫女さんは考えていた。

 少年がお参りに来てから数日後。巫女さんが箒片手に境内の掃除をしていると、知り合いの友人がやって来た。と言っても、巫女さんが一方的に知っているだけなので、相手は巫女さんの顔はおろか名前すら知らない。

 当然、挨拶する間柄などでもない。その知り合いの友人は適当な場所に腰を下ろし、スケッチを始めた。

 巫女さんの方も、あら久しぶりに姿を見たわ程度の感想。近づくこともなく掃除を続けていた。

 それから程なく、私服に着替えた巫女さんが出掛けようとしたときもまだ知り合いの友人は同じ場所にいた。違うことと言えば、横からやたら綺麗な子が覗き込んでるくらい。

 年の頃は先日悩みに悩んでお守りを買っていった少年と同じぐらい。そう言えば探し人は見つかったのだろうか。ふと、そんなことが過る。

 旅と言えば、今そこにいる知り合いの友人は夏休みに旅の途中の高校生を拾ったという。様子を見る限り、横にいるのがそうなのだろう。何となく、巫女さんはそう思った。

 まだ一緒に暮らしてるのか。少なくとも付き合いは続いてるようだ。

 夏休み。旅行する人は山のようにいる。まさかね。そんな都合の良い話があるわけない。そう結論付け、巫女さんは神社を後にした。

 用を終え、帰途につくのにたいして時間はかからなかった。けれどその帰り道、巫女さんは奇妙なものを目撃するすることになる。

 神社から少し離れた道端でのこと。三人ほどが足を止め話し込んでいた。内二人は先程まで神社にいた人物。もう一人は先日の少年。

 三人の姿を進行方向の先に確認した巫女さんは、そのまま脇の道にすいっと入った。そして私は何も見ていないと、自分に言い聞かせる。

 例えば、少年二人がほぼ抱き合うような体勢だったとか。例えば、その横にいる知り合いの友人がものすごく不機嫌そうだったとか。例えば、見ようによっては男だらけの修羅場に見えなくもないとか。

 巫女さんは、全てまるっと見なかったことにした。

 お守りを購入した少年が再び神社に訪れたのは、それから幾日かたってからだった。賽銭箱の前で今度は一度だけ、けれどやけに長いこと手を合わせてから売店へと足を向ける。

 中にいるのが巫女さんだけとわかると、明らかにほっとしていた。

「あの……先日はありがとうございました」
「いいえ。見つかったんですか?」
「はい。お陰さまで」

 戸惑いがちに声をかけるのは、覚えていないかもしれないという思いがあるから。そうと気づき、巫女さんはちゃんと覚えてますよアピールをした。少年が、わずかに笑む。

「今日はそのお礼をしに」

 つまりはお礼参りである。

 巫女さんは笑みを深める。願いが叶ったにしては浮かない顔をしているが、指摘したりはしない。

「怪我も病気もなく。結局、旅行じゃなくて友人?の家にいました」

 ああならやっぱりそうだったのだと、巫女さんは思った。同一人物か。世間は狭いと。

 ひきつりそうになる頬を抑え、笑顔を固定させた。参拝客の前である。変な顔をするわけにいかない。

 軽く会話し、少年が立ち去り一人きりになると、巫女さんはため息をついた。幸せが逃げると言うが知ったこっちゃない。

 今の会話の流れではまだ家に帰っていない。従兄殿はまだ知り合いの友人の家にいるのだろう。まだ。

 それをあれは知っているのだろうか。知っているのだろう。おそらく。

 大丈夫だと言いはしたが、聞くのと見るのは大違いだった。大丈夫だと言いはしたが……………まぁ、大丈夫だろう。

 これ以上考えるのは労力の無駄と、巫女さんは放置することにした。どうせ関係などなく、関わることもないのだから。





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あきゅろす。
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