だって。
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だって。
月都なら仕方がない。そう思える。月都はシキの親戚で。付き合いが長くて。小さい時、世話してたって言うならそれはもう兄弟みたいなものだろう。
だから、月都なら仕方がないって思える。
でも光太は。光太は違う。シキとは少ししか会ってないのに。会話だって、そんなにしてないはずなのに。それなのに。
気軽に頭に置かれた手。何てことないように、気を紛らせるように。その手から、目が離せなかった。
ずるいと思った。だって。何で。
そんな風に思う自分が嫌でたまらない。光太は大切な従弟なのに。そんな風に思える立場なんかじゃないのに。シキが、誰にどう触れようと、関係なんてないはずなのに。
でも、きっとシキだって。志渡さんを羨ましいと思うことがあるはず。自分だけじゃないと安心したくて、けれど返ってきた肯定の言葉に気分が沈む。
自分で訊いたくせに、聞きたくなかった。そんな表情見たくなかった。
何を、やっているのだろう。
そんなことを考えながら、鍋の中のスープをかき混ぜる。ひたすらかき混ぜる。ぐるぐるとかき混ぜる。
「………イチ君?」
「ん?」
「えっと、こんな感じでいい?」
戸惑いがちに差し出された皿を見ると、きれいに重ねられたラザニアがあった。
「はい。オーブンは?」
「用意できてるよ」
スープの味を確認してから、コンロの火を止める。温められたオーブンの蓋をあけ、中にラザニアの皿を入れてもらった。タイマーをセットすると、中を興味深そうに覗いていたその人が顔を上げた。
「美味しくできるかな?」
「大丈夫ですよ」
パーティーに参加する人数に対して、料理できる人数は少なかった。そこで、手先の器用な人に手伝ってもらっている。
すると、自然と指示を出す立場になってしまった。
「次は…サラダだっけ?」
「はい。適当に切って混ぜてもらえれば。あ、野菜スティックもお願いします」
「ん。わかった」
まぁ、料理できないんじゃなくて、したことなかったり経験が少ないだけだし。サエさんみたいな人はそうそういないから、簡単に説明するだけで安心してまかせられる。
「おーい、イチ。ティラミス作るんだろ?」
「あ、うん」
「ほい、レシピ。苦めでいいんだよな?」
「ありがとう」
「………イチ君がティラミス作るの?」
不思議そうな声に訊ねられ、そちらに視線を向ける。パリパリとレタスを向きながら首を傾けるその人に、同じように首を傾けて答えた。
「はい。レパートリー増やしたくて」
「イチはレパートリー妙なとこで片寄ってるからな」
カラカラと笑いながら告げられた言葉は事実で。曖昧に笑って流す。
「前に、サエ君からイチ君はティラミス嫌いって聞いたけど」
あぁ、うん。確かにサエさんならそう言う。
「嫌いって言うか、苦手意識があるだけで……」
「でも作るんだ?」
「レパートリー、増やしてみたくて」
「そっか」
首をかしげたままだけれど、どうやらこれ以上は追求されなさそうだった。
「イチさん。スープもう運んでいいですか?」
「あ、お願いします」
「いや。待て。今運んだら始まる前になくなる」
「いや、まさかそんな……そんなわけ………ありますね」
鍋つかみ越しにとってをつかんでいた手が、そっと離される。スープを見つめる瞳は心なしか暗い。
確かに、なくなってしまうだろう。
「……まぁ、今から食べ始めたらお腹ふくれてメインが食べられなっちゃうしね」
「そうか!よし!スープを運べ!…いや、シチューの方が膨れるな。そっちを先に!メインのチキンはオレの物!」
「了解です」
「えっ?」
そう簡単に事が運ぶだろうかと考えながらも、口には出さず成り行きを眺める。食べ盛りの人ばかりだから、むしろ足りないぐらいだと思うのだけれど。
「い、いいの?」
「いーて、いーて。それよかミニスカサンタコスするんだってな」
「あ、う」
「オレはガーターベルトを所望する」
「じゃあ、オレは美脚を楽しみにしてるね」
便乗してみれば、途端に顔が真っ赤になった。
「い…イチ君まで………脚は、ロングブーツはいちゃうから」
「ガーターベルトは?」
「………は、用意してるけど、見ても面白くないでしょ?」
話ながらもどんどん顔が赤くなっていく。それを隠すように腕を目元に押し当てた。指の先から、レタスを洗った時に付いた水滴が垂れる。
「今さらじゃんか」
「そ……うだけど……いつもロング丈か、せいぜいが膝丈だから、恥ずかしいやらいたたまれないやらで…」
「ハハハッ!顔真っ赤!」
楽しそうな笑い声が響くものの、それはすぐに重苦しいため息に変わってしまった。
「はーあ……ウチの女どもにもそれくらいの恥じらいがあればっ」
ずしりとした重たい空気に、しみじみと実感のこもった台詞。フォローしようにも、困ったことに何も言葉が浮かばない。
視線を動かせば、先程まで腕に隠されていた顔がでている。その表情には困ったような笑みが浮かんでいた。
結局、シチューもスープも開始前になくなることはなかった。サエさんが待ったをかけたお陰で。サエさんに逆らえる人は、ここにはいない。
乾杯をして、開始してからやっていることは普段とあまり変わらない。用意された食事や飾り付け、少し高めのテンションがいつもと違う。後、数人コスプレしてる人がいることも。
その様子を少し離れたところから眺めている。
朝、家を出る時はシキも一緒だった。一緒に出るのは、大抵どこかに連れてかれる時だったから、別々の所に向かうのが妙に変な感じだった。
シャーウッドは夜からだと言ってたけれど、その前に何か用事があったのかな。何も、聞いてない。だから何というわけではないけど。
向こうも、もうとっくに始まっているだろう。常連さんだけの、ごく内輪なパーティーだと言っていた。
悟さんは参加すると聞いた。ヤエも途中から。もう、着いたのだろうか。シキは、何をしているのだろう。
悟さんと話してるのか。志渡さんに構われているのか。他のお客さんと会話してる姿は、見た覚えがないけれど。それとも。
室内を見渡す。消えている姿があった。ならばと立ち上がり、サエさんに近づく。
「………サエさん」
「んー?どーした?」
「オレ、抜けるね」
「ん?」
こてんと首をかしげたサエさんは、けれどすぐにふっと笑みを浮かべた。
「ああ。シャーウッド?ちょっと待って。今ジャケット持ってくるから」
「ん?」
今度はオレが首をかしげる番だった。
「悟。いるんでしょ?顔見せとかないと拗ねそうだから」
オレは元々手伝いだから、料理の準備が終われば抜けても支障はない。足りなくなってきた時の追加は、まぁ、他にも人がいるから大丈夫。
けれどサエさんまで抜けてしまって大丈夫なのだろうか。そんなことを考えている内に、戻ってきたサエさんに連れ出されて、気づいたらシャーウッドまで来ていた。
明かりのついた、クローズドの札のかかっている建物を見つめる。隣を見れば、やけに楽しそうなサエさんに、無言で促される。
ここまで来てしまったけれど、本当にいいのだろうか。でも、顔を見るだけ。一目様子を見るだけだと言い聞かせ、とってに手をのばした。
カランと鈴の音が響き、ドアが開く。
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