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benefactor




 いつもと違う場所で降り、待ち合わせ場所に向かう。少し早めに着いたけど、まぁいいかと向かえばすでに相手が待っていた。

 見慣れてしまった光景に、一体いつも何分前に来ているのだろうと、何度目か知れない疑問が浮かぶ。一つ呼吸をして、近づく。こちらに気付いた相手が、優しい笑みを浮かべた。

「友也君。久しぶり」
「お久しぶりです。香さん」

 花が綻ぶような笑みとはこんな表情を言うのだろう。

「ごめんなさい。待たせてしまって」
「僕が勝手に早く来ただけだから」

 気にしないでと、髪にのびてきた手を甘受する。毎度の事ながらどうしてもその感触に慣れることができない。それでも、嬉しそうに触れてくるものだから、振りほどくことができずに受け入れる。

「積もる話もあるし、どこか入ろうか?」
「はい」

 離れた手に、気づかれぬようそっと安堵の息を溢す。

「香さん、お昼は?」
「軽く済ませてきた。友也君は食べたかい?」
「はい」
「じゃあ、お茶でもしようか」

 歩き出す瞬間、背に手を添えられる。変わらないなぁと苦笑しそうになった。無意識の行動だとわかってはいる。異性をエスコートする時の癖が染み付いてしまっているのだろう。

 やたら触れてくることが多いのも同じ。そういう扱いなのはきっと、オレが香さんにとっての庇護対象だから。

 初めて会った時の事を思えば、仕方がないのだけれど。

「もうじき試験の季節だね。もしかしてもうだったかな?」
「あ、いえ」

 落ち着いた雰囲気の喫茶店にはいって、一息ついたときに投げ掛けられた質問。どう言えばいいかと少し悩む。下手な説明をすれば心配をかけてしまう。

「実は…今休んでいて」
「え?」
「留年が決定してしまって」
「えっ?」

 目を見開いたのは一瞬、すぐに気遣わしげな表情に変わった。その変化に、申し訳なさが募る。

「大丈夫?また、何か……どうしてか訊いても?」
「試験、落としちゃって」
「落としてって………」

 物言いたげな眼差しに苦笑してみせる。言いたいことはわかってる。落とすはずないと言うのだろう。

「前日、なかなか寝付けなかったから。そしたら試験中に具合悪くなって」
「………そう」

 睡眠不足という言葉には説得力がある。その理由について訊ねたそうにしていたけれど、曖昧に笑ってみせて流した。全くの嘘ではない。

「香さんの方は?まだしばらく忙しいんだよね?」
「そうだね。でも、今回みたいにずっと向こうってことはないから。ああ、そうだ」

 これ、と言って包みを二つテーブルの上に並べた。

「お土産。よかったら皆で食べてくれるかな?こっちは友也君に」
「ありがとう。オレも、これ香さんに」
「ん?」
「まだしばらく落ち着かないって聞いたから、差し入れ」

 用意しておいたのはクッキーの詰め合わせ。既製品より手作りの方が喜ばれるので、先日七里塚の家に行った時に作ってきた。

 何となく、他人に送るものをシキの所で作るのは躊躇われた。

 ありがとうと破顔する香さんに、笑みで答える。

「そう言えば」
「はい」
「今日、午前中って何か用事があったのかな?」
「あぁ…、ちょっと他人と会ってて。友達…が、もうじき高校受験で、家庭教師の真似事を…」
「友達?」
「はい」

 何だか気恥ずかしくて視線をそらした。誤魔化すように、コーヒーに口をつける。

 その後は他愛ない話、主に近況報告などをした。一息ついて、店を出て、日が暮れているからと香さんが送ると言ってくれた。

 それ自体はいつものことなのだけれど、どうしようかと首をかしげる。

 実は、近況を報告したもののシキの所にいる旨は告げていない。七里塚の家を出ているなどと言えば、またあらぬ心配をかける。だからこの場合の送るというのは七里塚の家を指しているのだけど。

 どうしよう。

 辞退しても聞き入れてもらえないのはわかってる。かといってこのまま黙っているのは騙すのも同じ。けど、シキの所まで送ってもらうのは抵抗がある。

 預かったお土産を渡すため、向こうの家に行く必要はあるけれど。

「友也君?どうかしたのかな?」

 すっとのびてきた手が髪に触れそうになる。そこはちょうど、以前シキが触れたのと同じところで。思わずふいと顔を背け避けた先に、見知った姿を見つけた。

「あ、光太」
「ん?友也?」

 耳聡く聞き付けた光太がこちらに気づく。香さんの姿を認めると、会釈して近づいてきた。

「千条寺さん。お久しぶりです。戻ってたんですね」
「うん。光太君は変わりないかい?」
「はい」

 挨拶が済むのを待って、光太の裾を引っ張る。

「ん?」
「今帰り?」
「ああ」

 その返事に、ほっと息を吐く。

「じゃあ、香さん…」
「ん?…ああ。そうだね。じゃあ近い内にまた」
「はい」

 一人で帰すのを不安がられてるから、光太が一緒ならば問題はない。別れの言葉を告げて、光太と歩き出した。

「これ香さんからのお土産」
「ん。わかった。今日はもうこっち寄ってかないんだろ?」
「うん」

 軽く答えると、顔をしかめられた。

「少しは顔見せろよな」
「時々行ってるよ」
「平日の昼間じゃ会えないだろ」
「いや、全く会えてないわけじゃないし」

 憮然とした趣のままの光太に、苦笑する。わずかに躊躇いを見せた後に、口が開かれた。

「………千条寺さんに、シキさんの所にいるの話してないのか?」
「ん?うん。余計な心配かけるだけだし」
「………余計かどうかはお前が決めることじゃないだろ」

 ため息をつかれてしまった。

 けれど何を言われても、どう思われても、シキに出ていくよう言われない限りはいるつもりだから。ならば、知らせないでおく方がいいと思う。

「………クリスマスはまたサキんとこか?」
「うん。でも和ちゃんにプレゼント渡したいし、午前中に一度顔出す。光太は?」
「おれは夕方から友達と集まる。忍はやっぱ仕事だって」
「おじさんたちは?」
「え?……あー…帰ってくるとかこないとか言ってた気が」
「………どっち?」
「左京に訊けばわかる」

 気まずそうに視線をさ迷わせ始めた。その理由がわかってるから、あえて話題を変える。

「学校の方はどう?」
「あ〜……」

 そしたら益々顔を背けた。分かりやすいったらありゃしない。苦笑してしまいそうになる。

「特に何も。お前が気にするようなことは何もない」
「そっか」
「ああ」

 顔を背けたままの説得力のない言葉に、相づちを打つ。

「光太」
「ん?」
「ありがとう」
「は?」
「ありがとう」

 歩みを止めてしまった光太に向き直り、まっすぐに伝える。呆けていた光太は、けれどすぐに眉間にシワを寄せ、ふてくされたような表情になった。

「オレは、なんにもできてねぇよ」

 それでも、十分助けられているんだよ。





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