魔女狩り 「魔女狩りにあった」 待ち合わせていたコーヒーのチェーン店で、先に来ていた相手の前に座ろうとしてかけられた第一声がそれ。意味がわからん。 「あ?」 「魔女狩りにあった」 重ねて告げられてもわからないものはわからない。ジト目で睨み付けてくるそいつに眉をひそめ、とりあえず席についた。 「女じゃねぇだろ」 どうでもいいと適当に返す。呆れたようなため息が聞こえたが、気にせずコーヒーに口をつけた。 「魔女狩りに性別は関係ないんだよ」 「へぇ?」 カップをトレイに戻す。背もたれに体重を預け、それでと先を促した。 「こないだの同窓会で」 「あぁ…そういうことか」 聞き覚えのある単語に何があったのか粗方わかった。連絡先を知っている奴がいると告げたので、それが誰かと探したのだろう。 「情報源、四季崎?もーやめてよ。ちょっとした推理大会みたいになったんだから」 「いいじゃねぇか別に」 付き合いがあるのを隠しているわけではない。選択授業が同じだったから、何度か会話をしたことがある程度。同じクラスになってからも特に親しくしていたわけではなく、時おり挨拶したり話したりしただけ。 何故かその縁が切れることなく、卒業後もこうやって近況報告し合う間柄になった。 「名乗り出たのか?」 「まさか。見てて面白かったから、放置しといた」 あっさりとした言葉に、そうだろうなと納得する。自分がその場にいてもそうしていただろう。隠すほどのことではないが、ばらしてしまっては興ざめだ。 「第一、最初の内は自分のことだって気づかなかったし」 「あ?」 「へぇ、そんなに仲良い奴いたんだーって。少ししてから、あれ?自分のことかもって。あってるよね?」 「ああ。まぁ、他に連絡とってる奴いねぇし」 「友達少ないよね」 「お前は多いよな」 「そう?」 念のためと確認をとり、サンドイッチにかぶりつく姿を何となしに眺める。こちらを気にすることなくのんびりと咀嚼し、飲み込む。それからそういえばと口を開いた。 「今年からアルコール解禁になったから結構楽しかったよ。四季崎飲める方?」 「弱くはねぇな。お前は?」 「まぁまぁ。飲み比べしよっか。朝まで」 「あ?」 何か変なこと言い出しやがった。 「どうせ用事ないでしょ」 「いや。夕飯家で食う」 「家飲みでもいーよ。焼酎とか買って朝まで飲もう」 酒強いんじゃねぇか。 「……………飲みてぇだけだろ」 「うん。………てか、帰りたくない」 そう、絞り出すように言うと、テーブルに肘をついて項垂れた。 「家って…実家だっけか?」 「あー…夏に家出た」 「あ?」 ならと言いかけた声は、続く言葉に遮られる。 「今は幼なじみとルームシェアしてる」 「……………で?」 「その幼なじみがもうすぐクリスマスだからってうかれてて。恋人と過ごすんだって」 額に手をやり重苦しいため息をついた。それに呆れた視線を向ける。 「放置しときゃいいじゃねぇか」 「できればいいんだけどねぇ」 「つかお前も女いるんだろ?切れたのか?」 「えー…?あー…」 ちらりとこちらを窺うように目線を向け、なぜかすぐにそらす。その横顔はどこか虚ろに見えた。 「………続いてるよ。そっちもテンション高くて」 「嫌なのか?」 「嫌ってか……嬉しそうにしてるの見るの、あまり好きじゃない」 なら何で付き合ってんだ。そう思ったのが顔に出ていたのか、困ったような表情を向けられる。 「………何か、一年ってあっという間だよね」 「あ?」 「去年も一昨年もこの時期憂鬱だった気がする。二月よりはましだけど」 二月っつーとバレンタインか。本当に何で別れず続いてんだかが不思議だ。しんどそうなのに。 「赤の他人の誕生日なんか祝って楽しいのだろうか」 「……………口実だろ」 「うん。わかってる。…四季崎はクリスマスどうすんの?彼女と?」 「いや。今いねぇ」 「じゃあ、一人寂しく?」 「親戚の店でパーティーやるからな。顔出しとく」 そういや、椿はどうするのだろうか。なんて、考えるまでもないことだが。誘えばまた、この前のようにこちらを優先するだろうか。 そこまで考え、何をバカなことをと気づかれぬよう息を吐く。邪魔をしてどうする。一体誰と何を張り合おうとしているのか。 「でもまだ日にちあるし。恋人できそうだよね。年上の」 「年上?」 「好きでしょ?年上。聞いた限り年上としか付き合ってなかったと思うけど」 「………そうでもねぇよ」 「そう?」 確かに年上の方がいい。けれど、一度だけだが年下と付き合ったことだってある。押しに負けたような形だったが、悪くはなかった。それに、 「………ああ。それに今は…絵を描いてる方がいい」 「そんなもんなんだ」 「ああ」 ふぅんと呟く姿を視界から追い出し、コーヒーに口をつける。 それに、何だというのか。どうしてこの流れで椿の姿が浮かぶ。確かに椿は年下で、その椿を描いている方がいい。だが、この流れで出てくるのは少しおかしいだろうに。 「………そういえば」 「あ?」 「四季崎、六郷って知ってる?」 「………」 「クラス一緒だったんだけど。その六郷のバイト先の店もクリスマスパーティーするんだって」 「………で?」 「同窓会の。どうも六郷が情報仕入れてきたみたいなんだよね」 にっこりとした満面の笑み。もはや確信を持っているのだろう。わざわざ隠していたわけでもなし。下手に誤魔化すのもおかしなことになるだけだと、白旗を上げる。 「だろうな」 「親戚の店って」 「ああ」 「よく利用してんの?」 「まぁ」 短く答えてカップを持ち上げる。 「それで仲良くなったんだ」 「顔合わせたら話す程度だぞ」 「顔と名前が一致して、たまにでも話すなら四季崎にしてみれば親しい方じゃん」 それで親しいというならば、一緒に暮らしている椿などはどうなるのか。毎日顔を合わせ、言葉を交わし、あまつさえベッドを共にしている。 「オレは変わったこと言えば家出た程度だけど、四季崎の方はどう?」 変わったことはあった。言うほどのことではない。けれど、まぁ、いい。 「………同居人ができた」 「ふぅん……って、へ?」 適当に聞き流そうとしていたのだろう。コーヒーを飲みかけ、口につける前に動きが止まった。その様にクツリと喉の奥で笑う。 「同居人って?」 「夏に知り合った奴」 「うわ。何か、すごく意外」 ひたすらうわぁと呟き、コーヒーを飲んで興奮をおさめようとしている。クツクツと笑いが止まらない。 「でも四季崎と同居できるなんて、その相手ものすごく図太いかできた人なんだろうね」 <> [戻る] |