初夏の逃亡 □□□□□ もう、限界だった。 答案用紙の回収が終わると逃げ出すように教室に戻り、カバンに荷物をつめこみ、終礼を待たずに学校を後にした。 動悸が、激しい。 嫌な汗が、流れてる。 息が、しにくい。 吐き気が、する。 自然と足早になった。一歩一歩がもどかしい。真っ白になりつつある頭で、ただただ帰路を急ぐ。 家に着くと、早かったわねと声をかけられたけど、ろくに受け答えできなかった。青ざめた顔を見られないように、すぐに自室に入る。 ドアを閉めた瞬間、一気に全身の力が抜けた。その場に座り込む。 体が、小刻みに震える。 久しぶりの感覚に、軽くパニックになりそうだった。 体を抱え込むようにして、大丈夫だと必死に言い聞かせる。 大丈夫。 大丈夫。 もう、幼い子供じゃないから。 強く、なれたのだから。 怖いことはない。きっと神経質になりすぎてるだけ。 しばらくそうして、やがて深く深呼吸をすると、大分息が楽になった。 それでも、もう我慢できなかった。これ以上は、無理。 いくら今日で試験が終わったといっても、まだ答案返しがある。終業式も。それに、今日の手応えとしては追試が必至だ。 もう、あの顔を見るのは、あの視線に耐えるのは無理。 身体は、自然に動いていた。 必要最小限な物をカバンにつめ、部屋を出る。 「あら、でかけるの?」 「うん。ちょっと旅に」 「…………は?」 目を丸くしたその人に、小さく笑みを向ける。 「自分探しの旅に、行ってきます」 それだけ言うと、返事を聞かずに外に出る。そして自転車にまたがった。 夏の空が、先程よりも清々しく感じた。 > [戻る] |