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由良の戸を




 ようやく幸せを手に入れた。



 玄関の脇にスコップを立てかけ、家の中へと入る。
 ここは深い森の中にある一軒の別荘。
 辺りはうっそうと茂る緑と、静寂と、清涼な空気に満ち溢れている。
 泥だらけになったスニーカーを脱ぎ、廊下の先のリビングへ。
 二階ほどの高さのある天井。大きな窓ガラスの向こうでは遥か先でキラキラと湖面が輝いていた。
 大きなソファの上で、彼女が幸せそうに安らかな眠りについている。
 そっと近づき、頬を優しく撫でる。
 はらりと髪が揺れた。

 心が満たされる。
 どうしようもないほどに。
 僕の、
 僕だけの眠り姫。


「愛しているよ」


 もう二度と離れはしない。
 決して君を失いはしない。
 何があったとしても。
 誰に邪魔されたとしても。
 僕が君を守る。

 ねぇ、覚えているかい。
 二人で公園のボートに乗った時のことを。
 あの時僕はうまくボートを漕ぐことができなくて、なかなか前に進まなかったね。
 同じ所をくるくる回っちゃったりしてさ。
 僕は困ってるっていうのに、君は楽しそうに笑っていたよね。
 いつも楽しそうで、僕は君のそんな笑顔が好きだったんだ。
 君のためなら何でもする。
 ここにはボートはないけれど、君が望むのなら作るよ。
 そしてまた二人でボートを漕ごう。
 きっと今度はうまく漕ぐから。



 だから、



 それなのに、



 いや、いいんだ。
 もう終わったことだから。
 君を責めたりはしないよ。
 傍いにてくれればそれだけでいいんだ。
 君のいない世界なんて存在しないんだから。
 君なしではいられないんだから。



 ゆっくりと彼女の髪を撫でていた手を止める。
 いつの間にか部屋の中は夕日で赤く染まっていた。
 君が目覚める前に美味しい夕食を作ろう。
 君の好きな物を。
 だから少し待っていてね。
 大丈夫、すぐに準備をしてくるから。

 キッチンに向かおうと彼女に背を向けた。
 衣擦れの音、かちゃりと金属のこすれる音。


「……え……?」


 あぁ、もうせっかちなんだから。
 せっかく、目を覚ました時に驚かせようと思っていたのに。
 小さく苦笑し振り返る。


「おはよう」


 けれど今は再会を喜び合おう。
 やうやく、やっと会えたのだから。

「な…んで…」


 驚き、何も言えずにいる彼女の前まで戻り、膝をつく。
 そっと頬に手を添えればビクリと体が強張った。
 あぁ、大丈夫だよ。
 恐がらなくても。
 怒ってなんかいないから。


「心配、したんだよ」


 そう、怒ってなんかいない。ただ心配だった。
 何の前置きもなく姿を消して。
 何かあったのではと夜も眠れず必死で探した。
 無事な姿を見つけた時はどれほど安堵したことか。

 そう、怒ってなんかいない。
 突然君が別れたいと言ってきたことも。
 大丈夫。わかっているから。
 本意だったんじゃないって。
 何か深い事情があったんだろう。
 だって、君は僕に好きだと言ってくれたんだから。
 ずっと、一緒にいようねって約束したんだから。
 君が言いたくないなら、その理由は聞いたりしないよ。
 きっと、僕に心配をかけたくなかったんだろう?

 大丈夫。全部わかってるから。

 けれどまだ何かに怯えたように、不安そうにあたりを見回している。


「………?…あぁ、大丈夫。あの男はもういないよ」
「……え?…な、にを…」
「もう、君に近づけないように片づけておいたから」
「……あ…ま…さか……」

 君の手を汚させるわけにはいかないよ。
 大丈夫。わかってるから。
 あの男に脅されていたんだろう?
 だから、突然別れたいなんてそんなことを言い出したんだろう。
 迷惑かけたくなくて。
 迷惑なんて感じるわけないのに。
 こんな山奥の別荘にあの男と二人きりで来てたのだって、本当はあいつを始末するためだったんだろ?
 僕が代わりにしておいたよ。
 だからもう、安心していいんだよ。
 君を困らせる奴も、悲しませる奴も、みんな僕がやっつけてあげるから。


「…う…そ、…な…んでっ……ど、して……っ!」


 涙を浮かべて取り乱す彼女。
 大丈夫だよと言い聞かせ強く抱きしめた。


「やっ、いやっ…触らないでっ!!」


 ああ、気に病む必要なんてないのに。
 僕は君のために存在しているのだから。
 君のためにこの手を汚すのならばそれ以上の幸せはないよ。
 だからずっとそばにいて。

 そう、怒ってなんかいない。
 信じてるから。
 でも、また誰かに君を連れ去られてしまわないよう、しっかりと守らなくちゃいけないから。
 だから、首輪をつけさせてもらったよ。
 鎖につないで、誰にも連れて行かれないようにしなくちゃね。
 大丈夫。
 とても似合っているから。
 不便なんてかけさせないから。
 全部、僕がしてあげるから安心していいんだよ。
 君に尽くすことは僕の喜びだから。


「……れ、か……誰か…助け…て……っ」


 僕が助けてあげる。
 何があっても。
 誰からでも。
 君を傷つけるモノも悲しませるモノも全部僕が取り除いてあげるから。
 約束する。
 だから、





 そっと優しく口付けを送る。





「愛してる」






 ずっと、一緒だよ。





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