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願わくば




 もう駄目かもしれない。
 そう思うのはこれが何度目だろうか。






 どこまでも続く深い闇の中。鼻に染み付いた火薬と血の匂い。ちらちらと振り続ける粉雪。降り積もった雪は歩行を困難にさせる。唯でさえ重い足。それが雪に取られなかなか進めない。





 それでも歩かなくては。
 生き延びなくてはならない。





 死ぬのならば春が好いと奴は言っていた。
 新しい生命が息吹く春。
 その誕生の季節に死んで、身体を腐敗させていくなんて面白そうじゃなかと。
 捻くれた奴だと、そう言ってやったのを覚えている。
 何を今更と返された。





 そして、お前は死ぬなよと、そう言う。





 死ぬのならば桜の下が好いとあの人は言っていた。
 桜の花びらが舞い散り、死体を覆い隠してくれる。
 きっと夢見る心地でしょうと。
 息が詰まってしまわないかと、訊ねたのを覚えている。
 もう死んでいるのですよと笑われた。





 そして、貴方は生きて帰ってきてくださいねと、そう言う。





 今度会ったら酒を酌み交わそうと約束した。
 戦が終わったら祝言を上げようと約束した。





 背に鋭い痛みが走った。
 ゆっくりと振り返りながら倒れこむ。まるですべての動きが止まったかのように。血に濡れた刀を持つ男が立っていた。
 いつの間にか雪はやんでいた。雪の中に沈んだというのに不思議と冷たくはなかった。
 薄れゆく意識の中でぼんやりと考える。
 今は春ではないのに、ここは桜の下ではないのにと。
 男が刀振り上げた。月光を浴び鈍く光る刀。真直ぐに振り下ろされてくる。
 その向こう。全てを覆い隠す闇夜の中にぽっかりと、白く丸い穴が開いていた。











 雌雄が決し、生き残った者達が皆引き終わった頃、後には命を落とした者達だけが残された。大地の白と夜空の黒、対照的な二つの挟間に彼らは横たわっていた。
熱気はすでに消え去り、冷たい静寂だけが立ち込める。
 先ほどまで浮かんでいた望月はもう消えていた。
 黒の中から白い欠片がはらりはらりと落ち始める。
 その量が少しづつ増えていく。
 はらりはらりと舞い続ける白い雪片は、薄紅の花弁の様に、儚く散っていった者達の亡骸を覆い隠していった。





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