この世にば
夜中に目が覚めた。
厭な夢を見て跳ね起きる。暑い時期ではないというのにじっとりと汗をかいていた。体を折りたたみ抱きしめて、ゆっくりと呼吸を整える。
内容なんて覚えていない。それでも不快感だけはしっかりと残っている。大丈夫。ただの夢なのだと自分に言い聞かせた。
呼吸が収まってから、ベッドを降りた。このまま再び眠りに就くことはできない。窓をあけベランダへと出る。夜風がとても気持ち良い。
都会の排気ガスに覆われ電気に照らされた空には星は見えない。暗闇の中に黒い雲だけが浮かんでいる。見えないとわかりつつも探したいと思うのはなぜなのだろうか。あまりにもバカバカし過ぎて自嘲が漏れる。そして思った。こうも気持ちが沈んでいるのは、昼間の花見のせいなのだろうと。
天を覆い隠すほどの桜は、確かに綺麗ではあった。けれどその下に人があふれかえっていたのも事実。
馬鹿騒ぎする人たち。あふれる熱気。混じり合う食べ物のにおい。散らかるごみ。自分たちも馬鹿みたいに騒いでいた。休まることも、落ち着くこともできない。一体何がそんなに楽しいのか。
気持ち悪かった。
ただ騒いでいる人間たちも。
空を遮る桜も。
あの笑顔も。
二次会三次会と続くはずのところを、気分が悪いからと先に帰らせてもらった。本当に具合が悪くなってしまっていた。酔ったのだ。
酒にも。
人にも。
桜にも。
咲き乱れる桜は確かに見事だった。けれど量が多すぎる。あれだけの量があると美しさよりも圧迫感が勝る。息ができなかった。なぜあの人は笑っていられたのだろうか。あんな息の詰まる場所で。
見たくなんてない。
他の人の隣で見せる笑顔など。
見たくなんてなかった。
あぁダメだ。また気分が沈んできた。これでは何のために夜風に当たりに来たのか分からない。気分を落ち着かせるためだったはずなのに。
手摺の上に突っ伏し、ふとあるものが目に入った。そこでようやく肩の力が抜ける。
一度部屋に入り、窓を開けたまま台所に向かった。冷蔵庫をあけ缶ビールを出す。それを片手にベランダに戻った。
ふたを開ける。ぷしゅぅと音がした。わずかに持ち上げ乾杯。そして喉をうるおす。
こっちの方が好い。
ベランダの下。道路の向こう側。小さな公園に街灯に照らされた一本の桜の木があった。
こっちの方が断然に好い。
息の詰まるほどの桜の下で行われる宴会よりも。
ひっそりと花を咲かせる夜桜の方が。
誰に見せるわけでもなく、それでも胸を張っているその姿はとても凛凛しくて。とても清浄で。淀んだ気持ちを洗い流してくれる。
本当は、こんな感情など知りたくはなかった。苦しいだけ。辛いだけ。いまさら何を思っても遅いけれど。出会わなければ良かったとまで思ってしまうことがある。もっと早くにブレーキを掛けていればと。
力強い桜に姿を重ねるのは失礼だけれども。
誰に見られるわけでもなく咲き誇る桜は似ていると思った。
誰に言うわけでもなく胸に抱いているこの感情に。
とても醜い感情。独りよがりで自分勝手な想い。
奇麗な桜に重ねて、ようやく少しだけ気持ちが収まった。
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