……………8
「アイって狂暴だよな」
「………は?」
突然ボソリと呟いた雅則の訳のわからない言葉。何をいきなり愛について語り出すのか。頭が沸いたとしか思えない。
「何?大丈夫?」
「んー?」
「急にどしたの?」
「……あぁ…何か、恵のこと本当に好きだなぁと思って」
「………」
心配して損した。ただのバカだった。
「あっそ。残念だったね。男同士で」
「え?何で?」
「付き合えないじゃん」
「あー…てかむしろ同性で安心してんだけど」
「………何で?」
「好きすぎるから」
何だそりゃ。意味が全くわからず首をかしげると、困ったような笑みを浮かべた。
何、その顔。
らしくない上、諦めに似た感情が窺えた。少し面白くない。どうせわかんないだろと言われているみたいで。
「男同士の友達だから、恵に好きな奴できても受け入れられるんだよな」
「ん?」
「もし、オレか恵か、どっちかが女だったら、恵に好きな奴できるのも他の奴見てるのも許せなさそうだなーって」
「……何それ」
「同性だから理性が働いて対等でいようとできるけど、異性だったら盲目になってメチャ束縛しそうって感じ?」
理性て。本能のまま好きだ愛してると言っているように見えるんだけど。
「………つまり、異性だったら付き合いたいってこと?」
「いんや」
「………は?」
そうとしか聞こえなかったのに?
即答したくせ、雅則は首をかしげて考え始めた。
「あー、でも、んー?どうなんだ?もしかしたら束縛するために恋人の位置を望むかもな」
「意味わかんない」
「同性の一番は親友。異性の一番は恋人みたいなもんじゃん。オレは恵の一番でいたいの」
「………」
雅則との会話は、家に帰ってからもずっと頭の中をぐるぐる回っていた。
全体的に言っていることはさっぱり要領を得ない。それでも、最後の台詞だけはわかった。
雅則は、事あるごとに男での一番は恵で、女での一番は私だと言っている。そして男と女は別物だから比べようはないのだとも。
けど、私と恵とどちらの方が大切かといったら迷いようもなく恵のはずだ。私だって、恵を選ぶ。
そこまで考えて、ふとある事実に気がついた。
同性での一番は親友。異性での一番は恋人。
なら、私と恵は?
私と恵は異性同士。だけどそれぞれ別に恋人がいる。異性の一番が恋人だというなら、恵にとって私は一番じゃないし、私にとっても恵は一番じゃないってことになる。
なんかそれは嫌だ。
すごくすごく嫌だ。
頭の中、ぐしゃぐしゃで、胸がすごく苦しくて、気がついたら涙が流れてた。
理由なんてわからない。
ただどうしたらいいのかも、どうしたいのかすらもわからなくなっていた。
会いたい。
今すぐ、会いたい。
いてもたってもいられなくて、恵の家へと向かっていた。彼は戸惑いながらも向かい入れてくれる。その優しさが、なんだか悲しい。
「恵は雅則のこと、どう思ってる?」
「……どうって?」
夕食をごちそうになって、コーヒーを飲んでいる時、ポツリと言葉がこぼれた。
何を問いたいのか、よくわからない。それでも、何かを確認したくて仕方なかった。
「好き?」
「……嫌いだったら、こんなに長く付き合えてないよ」
「やっぱそうなんだ。……じゃあ私の事は?」
雅則はいつも彼に対して好きだ愛してると言う。彼はいつもそれを適当にあしらっている。それでも、拒絶はしない。文句を言いながらも、受け入れてる。大切に、している。
「華江?」
「私の事は……好き?」
「どうしたの?」
彼が困惑した様子を見せるが、気にする余裕なんてなかった。彼の腕を強くつかんで見詰める。
「私は……恵の事好き、だよ。……恵は?どう思ってる?」
「……大切な友達だよ」
「……本当に?大切?」
「うん」
「……ずっと、傍にいて良い?」
「うん」
「何があっても?」
「華江っ?」
言っている内に、どんどん言葉が、気持ちが溢れ出してきた。押さえきれなくて、けど、押さえたくて、必死に彼に抱きつく。
「……好き、なの。本当は…本当に、好きなのっ」
好き。
他の言葉を知らない。
けど、誰よりも彼を好き。好きで好きで仕方がない。彼がほしい。彼の一番に、なりたい。
「……大丈夫。わかっているよ」
彼の言葉に僅かに首を横に振った。
わかってない。わかるわけない。だって、私自身がわかっていなかったんだから。
「わかってない…違うの、好き……好きなの、好き」
どうしたらこの思いが伝わるのだろう。体は自然に動いていた。
彼の首に腕をからめる。唇を、重ねた。
「っ!?」
「好き、私を見て…お願い。好きなの、……愛してる」
愛してる。
そう、私は彼を愛してる。
言葉に出してみて、ようやく気づくことができた。どうして今まで気づくことができなかったのか、不思議なほどに私は彼を愛してる。
ずっと、好きだった。
多分、雅則と出会う前から、彼には友情ではない想いを抱いていた。
彼の、一番でいたい。
それは、友人としてではなくて。
どうして、今さら気づいてしまったのだろう。私はすでに彼の親友と付き合っているというのに。
彼にはすでに、恋人がいるというのに。
本当は、伝えるべきじゃない。頭の片隅ではわかっている。これからもずっと、彼の側にいたいなら、伝えるべきじゃない。
関係が、壊れてしまう。
それでも、一度溢れ出してしまったものを、止める術などなかった。
好きだと。
愛してるのだと。
ただ伝えたくて。
触れる肌から、重なる唇から、彼へとこの感情が流れ込むように。
祈るような思いで、ただひたすら唇を重ねていた。
息が苦しいのはキスのせいなのか、それともこの胸を潰すほどの想いのせいなのか。
ただ、いくら言葉を伝えても、いくらキスをしても、涙が止まることはなく、いつまでたっても苦しいままだった。
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