…………7
鳴った携帯に出たら、相手はハルだった。
「明日?急だね」
―無理そう?
「うん。無理」
―そっかぁ、何か用事あんの?
「明日は結婚式なんだ」
―…誰の?
「雅則」
―宮下?……あ、恵と宮下の?
「違うっ!」
―何だぁ、違うのかぁ
「当たり前」
―当たり前って、恵は知らないかもしれないけど、高校の時二人は付き合ってるって噂がほぼ事実として流れて……
「……知ってる」
―何を隠そう実ワ、ワタクシも恵はともかく、宮下はぜっったいに恵に惚れてると踏んでいたノダガ
「違うって。期待されてるようなんじゃなかったんだから」
―……つまらん
「つまっ……」
―相手ってどんな人?
「ん?…明るくて元気な人だよ。大学時代から付き合っててようやく結婚」
―……健全なことで
「ははっ、もしかしてハルまたフラれたとか?」
―……だったら何さ。慰めてもらおうって連絡したら結婚の話聞かされるなんて、何?いじめ?
「仕方ないじゃん。こっちは前から決まってたんだから」
―むー
「あはは……あ、ごめん。誰か来たみたい」
―んー
「話はまた今度じっくり聞くからさ」
―ん。じゃあまた連絡する
「うん。じゃあ」
携帯を切って、玄関を開ける。そこに立っていた人物に驚き、一瞬言葉が詰まる。
「……花婿が結婚式前夜に何してんの?」
「独身最後の夜なんだ。一緒に呑もう」
両手に袋を持った彼が楽しそうに笑っていた。
「明日、二日酔いになっても知らないよ?」
「ヘーキだって」
次々に缶を空けていく彼に呆れながらも、心は僅かにざわついていた。今晩は明日に備えて静かに過ごしたかった。きっと辛い一日になるのだから今のうちに落ち着けておきたかった。
それなのに、今彼が目の前にいる。二人きりで夜を過ごしている。
まるで拷問だ。
こんな時でなければ楽しい酒の席になったはずなのにと思うと辛くてならない。彼の事を誰よりも大切に思っているのに、彼の幸せを心から祝うことができないだなんて。友達として、親友として傍にいると決めたのに、こんな気持ちで友と呼べるのだろうか。もう、友達としてしか傍にいられなくなるのに。
「恵〜」
「んー?」
「とうとう明日だぞー」
「……そーだね」
嬉しくて、幸せで仕方がないという表情。見てるだけで辛くなる。
「明日、よろしくな」
「……うん」
親友として、スピーチを頼まれた。彼との事。彼女との事を話せば良いという。
彼と出会ったのは高校の夏。始めたばかりのバイト先で、意気投合し話していくうちに同じ学校の隣のクラスだということが判明。夏休みの間はバイト先で、二学期が始まってからは学校でも度々言葉を交わすようになった。
彼女と出会ったのは大学に入学してから。隣の席に座り、名前がきっかけでよく話すように。テキストを見せたり、一緒に勉強するうちに親しくなった。
二人を引き合わせたのは自分。付き合い始める前からも、二人がケンカしている時もいつも一緒にいた。誰より近くで二人の関係を見てきた。
彼がどれだけ彼女の事を好きか。
彼女がどれだけ彼の事を好きか。
十分すぎるほどに知っている。
それでも、たった一言伝えて良いのならば、私の方が彼を好きだと、言ってしまえたなら、どれだけスッキリするだろう。けれど、言ったが最後もう元の関係には戻れない。傍にいることはできなくなる。
彼なしでは生きていけない。どんなに辛くて苦しくても、伝えるわけにはいかない。
たった一言。
音にすれば二音。
その短い言葉が心を圧迫していく。
「恵」
「ん?」
無邪気な笑顔。掛け値なしの信頼。
「今、すっごく幸せ」
「知っている」
言われなくたってその表情で十分過ぎるほど伝わっている。泣き出してしまいたくなるほどに。
それなのに、彼は言葉を続ける。
その一言に呼吸が止まる。息ができなくなる。彼は知らない。どれだけ傷つくか、知らずに言う。悪意も含みもなしに。
その言葉は鋭い刃。
深く、心を抉る。
「お前も早くいい嫁さん見つけろよ」
愛してるって言ってくれるくせに
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