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…………5




 大学を卒業してからも三人の関係は変わらなかった。連絡はよく取り合ったし、休みが合えば食事や飲みに出掛けたり。もちろん、大学時代のように頻繁にとはいかなかったけれど、適度な距離感は心地よかった。

 何より四六時中二人といたり、のろけを聞いたりという事がなくなったので大分気が楽になったのだと思う。とても穏やかで満ち足りた日々を過ごせていた。

 勤めるようになってから、家を出て一人暮しを始めた。当初は慣れないことばかりで、困ることもしばしばだったが、数ヵ月もすれば慣れた。自炊もするようになったので、二人が遊びに来たときには食事を振る舞うこともあった。

 その日、外の暗くなってきた頃そろそろ夕食をと思っていたときにインターホンが鳴った。誰かが来る予定などなかったので戸惑ったが、出てみると彼女だった。

「……急に、ごめん」

 いつもと違って元気がない。来る前に泣いていたのか声が掠れているし、目元も僅かに腫れていた。

 部屋に通して飲み物を出す。一口だけ飲むと、困ったような笑みを浮かべた。

「何か、本当ごめんね。迷惑じゃなかった?」
「まさか。それより……大丈夫?」

 彼女の表情が僅に歪む。泣き出してしまうかと思った。

「んー?どうなんだろ…何か自分でもよくわかんないや」

 もう一口、コップに口をつける。沈黙のまま、しばらくの時が流れた。耐えきれなくなって先に口を開いたのは自分。

「華江、夕食は?食べる?」
「あ……ありがとう」

 返事を聞いてから台所に立つ。

 おそらくは、彼と喧嘩でもしたのだろう。今までにも何度かあった。いつも愚痴を言ってスッキリすればすぐ仲直りしていた。こんな風に気落ちしていたり、突然訪ねてきたりというのは始めてだけれど同じように接していれば問題ないはず。

 大丈夫。いつもと同じ。すぐに仲直りする。

 それが辛いのか安心なのかはわからないけれど。

「恵は雅則のこと、どう思ってる?」
「……どうって?」

 食事の終わって一息ついた頃、彼女が唐突に問いかけてきた。

「好き?」
「……嫌いだったら、こんなに長く付き合えてないよ」

 例えば、本人に尋ねられたならはぐらかすところだけれども、相手が真剣な様子の彼女だっので素直に答える。

「やっぱそうなんだ。……じゃあ私の事は?」
「華江?」
「私の事は……好き?」
「どうしたの?」

 切羽詰まったような、必死な表情に困惑する。彼女が強く腕をつかんで見詰めてくる。

「私は……恵の事好き、だよ。……恵は?どう思ってる?」
「……大切な友達だよ」
「……本当に?大切?」
「うん」
「……ずっと、傍にいて良い?」
「うん」
「何があっても?」
「華江っ?」

 彼女が強く抱きついてきた。肩が僅に震えている。強く、強く抱き締められる。

「……好き、なの。本当は…本当に、好きなのっ」

 いつも、彼女は彼に対してどこか冷たい態度をとっていた。出会ったばかりの時、彼に対して良いなと言っていたのに、どうして冷たく接するのかと尋ねたことがある。それとこれとは話が別なのだと返された。少しして気まずそうに、だってなんか悔しいと告白してくれた。自分ばかりが彼を好きなのだと思っていたのだろう。それなのに、彼のいない今、こうして思いを爆発させている。

 本当に彼の事を好きなのだと痛感させられた。

 彼の事をとても好きな人がいる。その事実が何だかとても…

 …けれど、それでも

「……大丈夫。わかっているよ」

 沈みかけた気持ちを無視して彼女をなだめる。彼はきっと彼女のこの気持ちを知っている。だから、思い詰める必要などどこにもないのに。

 彼女は僅かに首を横に振った。

「わかってない…違うの、好き……好きなの、好き」

 顔をあげた彼女は涙を流していた。その顔が近づいてくる。首に腕がからめられる。唇が、重ねられた。

「っ!?」

 何が起きたのか理解できなかった。頭の中が真っ白になる。彼女が今何をしているのかがわからない。自分の身に起きていることが把握できない。

 体重をかけられ、そのまま簡単に押し倒された。涙を流したまま彼女は何度も唇を落としてくる。深く、重ねられる。

 押し返そうとしているのに、混乱してしまっているせいかうまくいかない。何が起きているのかわからない。だから、どうすれば良いのかもわからない。

「好き、私を見て…お願い。好きなの、……愛してる」

 あぁ…そうか。唐突に理解した。今の彼女には自分が見えていないのだ。彼しか、目に写っていないのだ。

 どうして、二人のいざこざに巻き込まれなければならないのだろう。自分がこんな目に会わなければならないのだろう。彼の代わりにされるなんて。

 喧嘩するほど仲が良いなんて言葉、二人のためにあるようなものなのに。こうやって絆を強めていくのかと思うと何だかやりきれない。見せつけないで欲しい。

 切に願う。

 抱きついたまま、泣きつかれた彼女は眠ってしまった。なんとか剥がし、掛け布団をかける。起きる気配はなかった。

 感情に任せて思いを吐露する彼女を初めて見た。

 押し込めていた感情。彼に対する想い。伝えられない言葉。知られたくはない気持ち。

 けれど、それでも、それなら一層自分の方が…………

 翌朝目覚めた彼女はとても気まずそうにしていた。当たり前と言えば当たり前なのだか、その様子に何だか苦笑してしまった。

「……華江さ」
「は…はい。何でしょう」

 まっすぐ背を伸ばし正座をしている。まるで叱られている子供のような態度に、また苦笑がこぼれた。

「そんなに好きならさ、ちゃんと本人に伝えてあげなよ」
「……え?」
「雅則、喜ぶよ」

 彼女はキョトンとしていた。叱られるとばかり思っていたのだろう。

「あ……うん。そう…だよね」

 力なく頷いた後に、小さく首をかしげて見詰めてくる。

「恵…本当にごめん」
「構わないよ。でもああいうのは本人に言わなきゃ意味ないから」
「うん…そだね」

 何故だか彼女は泣き出しそうな顔をしていた。

 それからどうなったのかというと、特に変わりはなかった。ちゃんと伝えたのかは知らないけれど、仲直りはしたみたいでいつも通りの関係だった。

 ただ、彼女の雰囲気は少しだけ変わった気がする。以前は抱きついてきたり結構平気でしてきていたけれど、それがなくなった。他は特に変わりはない。何となく触れてくることが減った気がするだけ。

 感情のまま行動することが多かったから、年と共に落ち着いてきたのだと思った。

 彼にそういうと、お前なぁと呆れたように溜め息を吐かれた。

「何?」
「…………いや。何でもない」
「気になるじゃん」
「俺が言っても意味ねぇし。自分で考えてみ」
「…………?」

 穏やかな表情ででそう言われても、わけがわからず首をかしげる。不意に彼は真剣な眼差しで見つめてきた。

「恵」
「な…何?」
「好きだからな」

 そして笑みを浮かべる。

「……っ」
「愛してる」
「……そういうとは、華江に言いなよ」
「言ってる。言ってる。けどお前にもちゃんと言っておかなきゃな。拗ねちゃうだろ?」
「拗ねないって」
「愛してるぜー、恵」
「…………」

 そんなの、充分に知ってるよ。





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あきゅろす。
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