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…………2




 それ以来彼は恵と呼ぶようになり。自分も気づけば雅則と呼ぶようになっていた。

 表面上は今までと全く変わらない関係。彼に向ける思いだけが違った。

 それでも付き合いたいだとか、同じように思って欲しいとかは考えなかった。ただ傍にいられれば良い。誰よりも彼の近くにいられれば良かった。

 だから高校卒業後は学部こそ違うものの同じ大学に進学した。

 そんなに俺の事好きだったのかーと軽口を叩く彼に冗談として返せるほどに多くは望んでいなかった。

 今までの関係で親友と言ってもらえるほどの信頼関係を築いてきたのだ。今さらそれを壊したくはない。

 例え、もし万が一思いが通じあったのだとしても恋人という関係は酷く脆いのだから、それなら親友として何時までも彼の隣にいたかった。

 大学では流れで同じサークルに入ることになった。合宿にも一緒に参加した。

「あーダメッスよ先輩。恵は俺のだから」
「えっ!?何?二人ってそういう関係だったの!?」
「うっそ!」
「ねー宮下と辻本付き合ってんだって!」
「マジでっ!?」
「違いますっ!!」

 わらわらと集まって来たノリの良い方々に必死で否定するも聞いてはもらえない。

「はーやっぱりねー。何かそうじゃないかとは思ってたんだよ」
「……先輩。マジで勘弁してください。そんなわけないんですから」
「えー、一つ屋根の下で寝た仲じゃん」
「それは修学旅行っ!」
「恵チャンつめたーい」
「チャン言うな!」
「恵チャンは宮下クンの事好きじゃないのー?」
「……先輩…」

 悪のりしないでください。本当に、もう。

「……そりゃ、嫌いではないですよ?でもそれは、世話のかかる弟っつーか、出来の悪い息子つーか、むしろ躾の悪い犬みたいなもんで、てか犬ならまだ言うこと聞くからお前は犬以下かっ!!」
「うわ、ひっでー」
「あはははっ」
「どうする?イイコにしてれば可愛がってくれるみたいよ?」
「やだなー、先輩。こんなの照れ隠しに決まってるじゃないッスか。本当は恵も俺の事好きだもんなー?」
「だーっ!引っ付くなっ、うっとうしい!!」

 抱きついてくる彼を剥がそうと必死に抵抗する。悪く言うのも冷たくあしらうのも本気ではないし、彼も理解している。下らない悪ふざけのできる関係が酷く心地よい。

「なぁ、恵」
「ん?」

 一段落つき、また別の所で起きている騒ぎを遠巻きに眺めていると、彼が横から声をかけてきた。

「少し抜けよ」

 コソコソとした申し出にちょっと考え――もちろん頷いた。

「はー、これがバレたらまた色々言われんだろーなー」
「いーじゃん。別に」

 良いけれども。別に。

 口には出さずに同意する。

 涼やかな空気。時おり吹く風。隣を歩く彼の横顔。会話がなくても、心が満たされていく。

「ククッ」
「どうした?」

 思わず溢れた笑いに彼がこちらを向く。

「いや、何か変なのって思って」
「……?」

 意味がわからないのだろう、眉をひそめる彼にまた笑みがこぼれそうになる。

「だって何かさ、こうして会話もせずただ二人並んで歩いてるのって、まるで…」

 じっとこちらを見つめたまま彼が立ち止まる。

 静かな夜の森。ささめく木々の葉。緩やかな風。空には欠けた月。会話はなく、ただお互いの存在だけで満たされる。

 まるで。

 それはまるで……

「…外の空気吸いたいのに夜一人で出るのが怖いから付き合わされてるみたいじゃん」
「…………」

 感じていた空気を振り払い、別の言葉を口にする。

 彼はそのまま動かなかった。

 しばらく待ってみたけどフリーズしたまま。

「…あれ?もしかして図星?」

 やがて、ゆっくりとぎこちない動きで彼が前を向く。ギシギシという音が似合いそうな動作で歩き始める。

「雅則、怖い話ダメだっけ?」
「いや、まさか。まさか。そんなわけ…」

 僅かに置いていかれた形となり、軽く駆け寄り表情を見ようと覗き込むと顔を背けた。

 けど、心なしか冷や汗を書いているように見える。

「…………」
「…………」
「…………」
「…そういえば、来る途中で聞いたんだけど、ここら辺で昔――」
「っ!?やーめーろーっ!」
「あはははっ」

 とても楽しい時。

 何時までも続くと思っていた。

 そんなわけ、あるはずないのに。

 それは大学構内での事。大学に入ってからできた友人と二人して昼食をとっていたら偶然彼が声をかけてきた。

「よ、恵。一緒に食っても……」

 良いかと聞こうとしたのだろう、その質問は途中で途切れた。

「……え〜と…もしかして邪魔だった?」
「いや。別に」

 そして友人に同席させても良いか尋ねると、彼女は快く了承してくれた。

「こいつはは宮下雅則。高校からの腐れ縁。で、こっちは恵華江ちゃん。同じゼミで友達」
「恵?」
「そー、名前がきっかけで仲良くなったの。はじめまして」
「あぁ…はじめまして」

 彼と彼女のファーストコンタクトを作ったのは自分。食事事態は別段変わったことはなかった。ただ、食事が終わって二人きりになった時にいいなと小さく呟く声が聞こえて、言い知れぬ不安に襲われた。

 予感が的中したのは僅かに二日後。改まって話があると言われ何事かと思えばこの間の人とは付き合っているのかと問われた。こんな質問をして来る時点で相手の気持ちというのは十中八九決まってる。途端に胃が重くなった。

 違うと言えばどうなるのか想像に固くない。

 だからと言ってそうだと嘘をついてどうなる。実際には付き合ってなどいないのだから。確かに二人が接近するのは阻止できる。けれど簡単にバレるだろうし、何より自分が虚しくなるだけ。

 先の展開が予想できるけど、違うと正直に答えるしかなかった。しつこいくらいに違うという確認をしたあげくに紹介してほしいと頼まれた。

 紹介ならもうしたとすげなく断れば、連絡先が知りたいのどうのと。適当に流していたらやっぱり付き合ってんだーとわめきだす始末。

「……わかった」

 わかりたくはないけれど。
輝く顔を無視して携帯を取り出す。

「もしもし?……うん。うん。そう。……今ちょっと良い?…うん、覚えてるかな、一昨日紹介した……そう。それでね、何か親しくなりたいって言ってるんだけど連絡先教えて良い?……うん。多分ね。……それは大丈夫。……わかった。ありがとう。……うん。じゃあ後でって言うかすぐにでも連絡あるかもだけど、不審者ではないから。……うん。またね」

 ピッと携帯を切り良いってと伝えると、今の言い方じゃこっちの気持ちがバレバレじゃないかと文句を言われた。

 苦情は一切受け付けない。

 こちらは不本意極まりないのだから。





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